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海竜王 霆雷 花見3

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簾が平服に着替えに、宮に戻ったので、深雪のほうも着替える。一日、私宮か、その庭ぐらいしか出ないのだが、昼間は平服に着替えている。そこで、庭の気配に気付いた。庭への窓を開こうとして、蓮貴妃に止められた。これから、その用件は速やかに判明するから、待っていなさい、と言う。
「なぜ、俺の桜林に宴席なんて用意しているんだ? 」
「だから、お待ちなさい。すぐに迎えが参ります。・・・・それから、迎えが口上を伝え終わるまでは沈黙なさい。それは礼儀です。」
「首謀者は華梨か・・・・まあ、そういうことならいいけど。」
 こちらに向かっているのは、自分の妻だ。迎えが妻なら、宴席を設けたのも妻だろう。ここの庭は、ほとんどのものが出入り禁止になっているから、そこで宴席をするには妻の許可が必要だからだ。
 ゆっくりと扉から入室してきた妻は、面前で叩頭した。そして、笑顔で夫に口上を告げる。
「背の君に申し上げます。・・・・花見の席を用意いたしました。どうぞ、お出ましいただきたくお願いに参りました。」
「花見? ちびがねだったのか・・・なるほど。」
 この間、思い出した情景について説明した。それは、桜の花見の席ことだったから、やったことがない雷小僧はやりたくなったらしい。
「それもございますが、あなた様に、こちらでも楽しい思い出となるように願いましてございます。」
「・・・ああ・・・すまないな、華梨。気を遣わせて。」
 この季節は、なんとなく気が沈むのは、当人も気付いてはいる。人界の花見の情景を思い出すからだ。だから、新しい記憶の上塗りをしてくれるつもりだ。
「いいえ・・・・どれも、みな、大切な記憶です。消すのではなく、懐かしいだけのものであればよいと思っております。」
「そうだね。・・・なかなか、そうならないものがあるらしい。」
 七百年を過ぎて、人界での記憶は、かなり風化している。それなのに、季節ごとに思い出す記憶があって、時折、懐かしむのだ。消えない記憶は、それだけ大切なものだから、死ぬまで持ち続けるのだろう。不思議なもので、強烈なはずの華梨との出会いの記憶は朧気になっているが、その後、城戸に負ぶわれて会話したことは忘れていない。「また、来年、ここに来よう。」 と、城戸と約束したことのほうが大切だった。そういう大切な記憶というのは年数に関係なく、深雪の心に残っているのだ。
「花見の様子は、私も覚えております。あなた様が、とても綺麗に微笑んでおられました。」
「・・・そうだったかな・・・」
「ええ、あの笑顔、私くしにも賜りたく存じます。どうぞ、お出ましください、背の君。」
 恭しく頭を垂れてから、水晶宮の女主人は手を差し出す。その手に、ゆっくりと手を延ばして、水晶宮の主人も優雅に微笑む。
「では、お導きください、あなた様。」
「はい、承りました、背の君。」
 二人で手を取って、庭への窓を開く。桜林には、宴席が設えられていて、かなりの人数が揃っている。とんっっ、と、窓から飛び出すと、そこまでゆっくりと飛んで着地した。





 主人夫婦が、宴席の前に降り立つと、一斉に、そこに居たものは叩頭する。
「本日の宴席は無礼講でしょう? どうぞ、いつものようにしてください。・・・すでに人払いしてあるのですから。」
 女主人の言葉に、周囲のものも顔を上げる。平服ではあるが、主人夫婦は揃いの色の服を身につけている。水色から藍色へのグラデュエーションになった漢服の合わせだ。肌の色の白い主人夫婦には、なかなか似合いの色合いだ。宴席の中央に用意された席に落ち着くと、主人が、へぇーという顔をして、そこにある酒肴に目を落とす。これも、普段、馴染んでいるものだけでなく、こちらでも用意できる人界のものが混じっている。
「念の入ったことだな? 華梨。」
「これなら、興味を示してくださいますでしょ? ・・・さあ、始まりは、背の君のお言葉からですわ。」
「始まりの言葉ね、はいはい。・・・・無礼講だ、みんな。がんがん騒いでくれ。適当にかくし芸も頼むぜ? 」
 幕僚と身内だけだから、公式の対応ではなくなる。周囲も、おーと呼応して、酒が注がれる。妻に酌をして貰い、深雪自身が杯を飲み干すのと同時に、周囲も飲み干す。これが宴席の始まりだ。
「ほら、沢さん、無礼講なんだから呑めよ。」
 そして、衛将軍に深雪も酒を注ぐ。それから、簾にも注いで、ちょいちょいと小さな風を起こして、桜の花びらを舞い散らした。杯に、それが入れば花見の酒だ。
「なかなか味なことをしおるではないか、深雪。」
「季廸のじいさん、飲みすぎるなよ? 腰に悪いぞ。」
「こんな昼間の宴席の酒ぐらいで酔うことはない。さて、わしが一番手のかくし芸をしてやろう。」
 くいっと杯を開けた大司馬は、懐から横笛を取り出した。それなら、私くしも、と、太傳の常が二胡を持ち出す。大司馬の音色に合わせるように二胡が奏でられる。優美な音と、賑やかな声で、宴席の始まりとしては、いいものだ。
「これ、全員やんの? 俺、なんもないぞ。」
 霆雷は、その様子に珍しく困った顔をした。音楽も歌も、興味がなかったから、こんな場でできるものはない。
「ほほほ・・・私くしたちは、全員で鬼ごっこでもお見せいたしまょう、背の君。あの湖の上に限定すれば、みなさまにもご覧いただけます。」
「そういうのもアリ? 」
「ええ、剣舞や演舞というものもございますから、そういうものもアリです。」
「美愛、私も参加させてくれ。」
 相国が、そこに手を挙げる。遊びで追いかけっこというなら楽しいし、いい運動になる。
「美愛公主、私も参加させてください。」
 派手な特技のないものは、そういうものに参加させてもらえば楽でいい。書痴の元礼も手を挙げた。
「おまえは朗詠ができるだろ? 元礼。」
「誰も聞きませんよ、弧雲さん。」
 茶話会なら、詩の朗詠というのもいいのだが、こういう賑やかな時は退屈なものになる。
「ふたりで一組の対抗戦にすれば、かなり参加者は増える。霆雷と美愛に逃げてもらって、それを追い駆けるということにしましょう。」
 焔炎が、提案して、その人員を募集する。医師の叙玉や丞相の頤あたりは、そちらに参加させてもらえればいい。それなら、親父も誘おう、と、霆雷は対面の席に居る父親の膝に飛んだ。
「なんだい? ちび。」
「親父、鬼ごっこしようぜ。」
「ダメです、霆雷。あなたの父上は、静養されているのですから、運動したければ、陸続たちとやりなさい。」
 父親が返事する前に、母親に止められた。確かに、父親は静養しているので、参加は難しいのかもしれない。ちぇっと、料理のほうに向けたら、何やら懐かしい感じの料理がいくつかあって目を留めた。
「あれ? ハンバーグだよな? それに、これ、ツナサラダだし・・・だし巻き卵? ポテトサラダ? あーーなんで? 親父んとこだけ特別メニューなんだよ。」
 父親の前にあるのは、人界で食べていたメニューだ。自分たちの前には、中華料理というのが並んでいた。
「食べたいか? 好きなものを取れよ? ちび。」
「こんなの食べられるのか? 」
「ああ、頼めば作ってくれる。」
「ずりぃー俺、知らなかった。」
作品名:海竜王 霆雷 花見3 作家名:篠義