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かがり水に映る月

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03.おかえりを言ってくれるあなたが、誰よりも好きだった(4/4)



「どうすれば、いいの?」

「え……」
ここまでくると、もう、自分がどういう選択をするかも、相手が望むがままに事が動くことも、薄々英人は察していた。
結局、彼女が何者なのかはわからない。
だが、自分はもう彼女を拒絶できない。いまさら出て行けと追い出すことは、自分には、できない。
考える。
では、彼女をここに置くために、繋ぎとめるために必要な行動は何か。言葉でもいい、なにかしらしるしが必要なのだ。

まるで、あの月夜の日と同様時が止まっているかのようだった。
壁にかけた時計は当たり前だが止まることもなく、針は動き続け規則正しく音でそれを証明している。
だが、二人の間に流れる時間はまるで動いていないかのようだ。空気だけが、そこに停滞しかけて残留している。
まばたきしているという実感すらない。

「どうすればいい? 私が、月じゃないってこと、証明すればいいの……? 真ならここにいていいの?」
「それは……」
さきほどから自分は言葉を濁してばかりいるな、と思った瞬間、時が少しだが動き出した気がする。
がたり、と何かが棚の上から落下したような不思議な感覚。
鍵穴に鍵を差し込んだ長い一瞬。
意味のない証明。だが、今の二人にとって必要な踏ん切り。それは、儀式のようなもの。

「……それなら、私はあなたに誰と思われていようと構わない。一緒にいたい。それならいいでしょう?」
「……」
「真と思ってくれればいい。私も、望まれればできる限りそうやって振舞うわ。でも、一つ矛盾するようで申し訳ないのだけれど、お願いがある」
「何?」
「血を、吸わせて欲しい。これからと、三日に一度くらい」
「な、」
確かに人間離れしている相手だ、と思ってはいた。だが、実際その証明を聞いた途端、英人は驚きと多少の畏怖に腰がひけた。後ずさりかけたところを、しっかり握った手に制止を食らう。繋いだ手が二人の距離を離さない。
吸血鬼、といえばいいのだろうか。
名前と特徴なら誰だって知っている、有名な人外種だ。アニメや漫画といったフィクションものにもよく出てくる。
映画でも食傷気味なほどに登場する。生き血をすすり、肌は人よりずっと白く、基本的に昼間は出歩けない。
「あ……」
差し込んだ鍵が、回された。かちり、と音がはまりこむ幻聴。
確かに、月の肌は白い。それは初対面の時からずっと感じていた。不健康で、青白いといっても足りないほどに、白く。
夏を終え、秋に入ってもまだ夏の思い出とともに日焼けを残している人間も多い。
そんな中に月を放り入れたら、もっと白さが際立つことだろう。色白、というレベルを多少ながらも越えている。
そして、昼間月が出歩くところを、日光の下にいるところを、今のところ英人は見ていない。
たかが一日。偶然という可能性も高いが、真夜中に外を出歩いていた月。
今思えば表情こそ憂いていたが、顔色は白い中でも生き生きとしていたような気がする。そして、夜明け前に家へと飛び込んできた。
たどって今、昼間は遮光カーテンで覆われた、いわば吸血鬼にとっては安全な保護地帯のような場所で横になっている。
手が自由になったので起き上がれるはずなのだが、毛布をかぶったまま起き上がる様子はない。
それどころか、真剣なやりとりの合間は少しうとうとと眠たげにしている。
これを昼夜逆転の人間ととるか。
それとも、月の言う通り吸血鬼のサインと見るか。
――出会ったばかりの時であれば、時間を置かなければ、前者と受け取っただろう。
だが、今となっては、もう。

「お願いよ、英人……私をここに置いて。もう、ここ以外に私の居場所はないの」
「う、うん。えっと、あの。こう言ったら、楽になった?」
「え?」
「いや、さっきからなんか……とても、辛そうで」
「……。一つは、分かるわ。ここしばらく、食事をしていないから。そんな暇なかった」
「どうすれば、いい」
言いながら、英人は恐怖を心の底に落とし覚悟を決めた。もしかすると、ものすごく痛いかもしれない。
苦しいかもしれない。自分はこのまま殺されるのかもしれない。不安をもとに、嫌な想像なんていくらでも浮かんでくる。
だが、もう止まれない。真が、死という終着駅に向かう列車に乗ってしまった時のように、までとは言えなくても。
もう戻れない。
イメージで、首筋を晒し月の顔に少し近づけると、あとは相手が誘導してくれた。繋がれたままだった手は離れ、月の手は英人の肩をやさしく掴む。「大丈夫だから。怖かったら目を閉じていて」月がささやいた。

首筋に、熱いものが触れる。それが月の舌だとわかった時、英人は言われた通りまぶたを下ろした。
舌が這うのはいいのだが、それが血管を探るような動きをするものだから気持ちが悪い。
おそらくこの予想は当たっているだろう。
察しのいい自分を、英人は恨んだ。いつ牙が自分の肌を破るのかと思うと、身がすくむ。大丈夫って、何が大丈夫なんだ。
命か。
痛くしないってことか。
その時、月の動きが止まった。数秒の沈黙のあとに、投げられる耳元への甘いささやき。
「……眠っておいでなさいな、英人」
自分の名前までは、聞こえた。
だが――その認識を合図に、猛烈な眠気の波のようなものに英人はのまれ、深い眠りに沈んだ。


作品名:かがり水に映る月 作家名:桜沢 小鈴