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おじちゃんと子供たちのための不条理バイエル

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【付録4】センセイの移動式かふぇへようこそ☆



その日は朝イチで寝癖の天パも直さないうちからドーナッツ作りを手伝わされた。――手伝わされた、というか危なっかしい手付きに見かねてこっちから勝手に加勢したのであったが、ドーナッツ作り(の基本的に助手、っつーか見守り)の最中も、先生は終始♪フンフフンフ、鼻歌まじりで大層御機嫌なのだった。
(……。)
熱々のてんぷら鍋の前でこんがりきつね色に揚がったドーナッツを引き上げながら、はっきり言って天パは嫌な予感しかしなかった。
ドーナッツの仕込みを終えると、先生は教え子のてろりすとに借りてきた大八車に諸々かふぇ道具一式を載せて官公庁沿いの通りへ繰り出した。頼まれはしなかったが、やっぱり天パもなんとなく着いて行った。すごく気は進まないけど、見届け役としてついて行かないといけないんだろうなという気がした。
道脇の空き店舗前に車を留め、竹組みで立てた暖簾を垂らして待つことしばし、最初の客が現れた。
「やってます?」
指先にひょいと暖簾を手繰り、声を掛けてきたのは、地毛か早めのロマンスグレーか定かでないが撫で付け髪に猫背の片眼鏡、ちょいインテリくずれ風の一見昼行燈タイプだが、時と場合によっては深層に眠る覇気を自在に出し入れできますよ的な、白い隊服を着たどこぞの中間管理職っぽいおじさまだった。
「ははははいっ!」
手持無沙汰にコーヒーポットをいじっていた先生が前のめりに声を上ずらせた。
「じゃあ、一ダースほど貰おうかな」
ずらり並んだドーナッツに相好を崩した額に浮かぶややくたびれた影さえも、たまらん人にはたまらんツボを直撃するのだろう、折り畳み式のカートンボックスにトングで摘んだドーナッツを詰める先生のテンションは明らかに振り切れていた。
「……あっ、ラッピングとかできます?」
懐から取り出した横長の札入れの中身を確認する途中、さりげなさを装ってついでみたいにおじさまが訊ねた。
「ハイッさーびすでっ!」
先生は蓋を閉じたボックスにラメラメリボンを斜めにかけながらおじさまをチラ見、のつもりだったのだろうがほぼガン見状態の視線を向けて、
「さっ、差し入れですかっ」
「まぁね、貰ってばっかじゃ悪いでしょぉ?」
微笑したおじさまが猫背の肩を揉み解す仕草をした。
「……始末書山ほどこさえにゃならんし、メール弁慶の若い部下の新語解読やら年の離れた弟のdisりラップの行間から愛情読み取り再編集作業やら、何かと気苦労多くてねぇ」
「わわわかりますっ」
先生が力いっぱい同意した。リボンを結ぶ勢いで箱ごとぐしゃっと行った気もしないが、気のせいだろう。
代金を払ってドーナッツを受け取ったおじさまが深呼吸した、
「しかし美味そうな匂いだなー、参るなーホント、このところただでさえ血糖値高いのに」
――若いモンにつられてついドンドン食べちゃってねー、いやー、今度の定期検診の数値がコワイわー、おじさまがぼやいたのに、
「とっ、とうふドーナッツとかどうですかっ」
先生が提案した。
「ほう?」
おじさんが食い付いた。気を良くして先生は続けた。
「今度新製品で出そうと思ってるんです、砂糖も油脂もなるべく控えて、カロリー抑えめ、健康志向で!」
――なるほど、おじさまが顎の下に白い手袋の手を当てた。
「しかしですね」
キリリと引き締めた表情を上げておじさまが言った、「モンダイは味ですよ」
「はぁ……」
先生は小さく頷いた。手袋の指を立てておじさまは説いた、
「カロリーの低いものは総じて美味くない!という的を射た主張が、いつだったか部下に借りたマンガに出ておりましてな、関節痛持ちの膝を叩いて快哉を叫んだものです」
「なるほど……」
――一理あるかもしれませんね、長い髪を俯かせ、神妙な面持ちで聞いていた先生は、
「わかりました、素材選びの見直し含めてイチから精進します!」
力強く前向きに宣言した。
「こりゃ商売熱心でいらっしゃる、」
ドーナッツ箱を片手に、おじさまがフフフと愉快そうに肩を揺らした。
「……別に専業カフェ屋じゃないですけどね、」
それまで黙って様子を見ていた天パが、仏頂面に横から初めて口を挟んだ。
「えっ」
おじさまが怪訝そうに眉を寄せた。
「現にこうして車を引いて……、ひょっとしてモグリですかな?」
――いけませんよー許可はちゃんと取っといた方が、あとあとメンドーですからね取り締まる方もお互いにはっはっは、おじさまが胸を張って鷹揚に笑い声を立てた。
「いえっほけんじょにはこの通り……」
先生が荷台の側面の許可証を即座におじさまに示した。
(……。)
――オイオイいつの間にあんなもんまで、単なるシュミじゃなかったのか、天パはどっと疲れが出た。
「それは良かった」
許可証を確認したおじさまがニヒルに笑んで頷いた。
「じゃっ、ドーナッツ頂いて行きます」
「あああありがとうございましたっ!」
おじさまのあとを追い掛けて暖簾の外に飛び出して行った先生は深々頭を下げ、おじさまの猫背の後ろ姿が四つ角に消えて見えなくなるまで、いつまでもほうっと見送っているのだった。
(……。)
――ちょっとぉぉぉぉぉ何コレぇぇぇぇぇ完全にどストライクどんぴしゃなんですけどォォォォォォ!!!!!
てなカンジに天パを掻き毟る天パの悲痛な心の叫びは、うっとりポー☆に夢見心地の先生には一向に届かないのであった。


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