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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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SOUVENIR II 郷愁の星

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◆2



 扉を静かに開き、ランディは部屋の外の様子をうかがう。昼間からこんな部屋に押し込められてはたまらない。夕方にはやはり歓迎の宴が催されるらしい。せめてそれまでの間だけでも自由に行動したい。そして会って尋ねたい。
 何故、あなたがここにいるのか。
 この星の執務官たる彼はランディを見ても一切表情を変えず、たぶん老人たちよりも遥かに優雅な礼をして男たちと共にその場を去っていった。おそらく彼は彼の過去−−光の守護聖であったこと−−をここの者たちに知らせていない、とランディは思った。
 しなやかな身のこなしで扉から抜け出ると、音もたてずにランディは廊下を行く。どうやら護衛の者はいないらしい。廊下の角を曲がろうとしたときだった。
 「ランディ様」
 ギクリとして振り返ると、そこにリディアがいた。少しだけ笑っていた。笑えば可愛いのに、とランディは内で呟いた。
 「執務官の言うとおりだわ」
 「え?」
 「退屈されているだろうから、お連れするようにと言われて迎えに参りましたの」
 「あ、ああ……」
 やはり、間違いなくあれはジュリアスだ。自分の性分をよくわかっている。ランディは照れくさそうに頭を掻いた。
 「どこに行くんだい?」
 「修練場、です。兵士や、先程の者たちが剣などの練習をするための」
 思わずランディは笑った。
 「嬉しいなぁ。体を動かしたかったんだ」
 「そうですか」つられてリディアもまた笑った。笑ってから、少しきまりが悪そうに前を向いた。
 「さっきの人たちって、斧や鍬を持っていたけど、どこかを耕しに行ってたの?」
 その中にジュリアスがいたことも意外だったが。
 「【黒い土地】へ、です」笑みが消え、リディアは短く答えた。
 「【黒い土地】……あの星半分黒いところのことかい?」
 宇宙空間から見たあの光景をランディは思い出す。ゴムボールを半分に切った形。
 「そうです。せっかくの土地をみすみす放っておくわけにはいかないと執務官を中心にあの土地を再び甦らせようとしているのです」
 「そう……」ジュリアス様らしい、とランディは思った。
 「でも、上手くいきません」投げやりにリディアが言った。「瘴気が強くて、それなりに鍛えた者でないとすぐにあてられて病気になります」
 ランディはここに来る前に読んだ惑星d−13916018aの資料を思い出した。
 「内戦の結果だったらしいね、あの黒い場所は」
 「そうです。でも大昔の話なので、とっくに毒分は抜けているのですが……。そこで死んだ者たちの怨念からだとまことしやかに言われています……無理しなくてもいいのに」
 最後は呟きのようだった。
 「君は反対なのかい、【黒い土地】のこと」
 リディアはランディのほうを見た。初めてきちんと目を合わされたので、ランディは少しだけ狼狽えた。
 「いいえ、土地は必要です。でも、心配なんです」
 「ジュ……いや、執務官さんのことが?」
 あわてたようにリディアは首を横に振った。
 「いえ、いえ、みんなのことがです。あの瘴気で命を縮めた者も多いので……」
 「そうなの?」
 リディアは目を伏せて頷いた。「私の母もそうでした。【黒い土地】を耕す兵士たちの世話をしていたのですが、私を産むとすぐ」
 ランディは悪いことを聞いたと思った。覗き込むようにしてリディアの暗くなった顔を見た。
 「ごめん。何か、辛いことを思い出させたみたいで」
 リディアは弾かれたようにランディのほうを見た。
 「あ……あの、執務官は、自ら行く必要がないのに率先して行くので心配なんてしていません」
 気落ちした自分を見せるのがいやだったのだろうか。妙な答え方だ。だがランディにもこれが嘘だとわかる。執務官−−ジュリアスのことが心配でたまらないのだ。リディアはまだまだ幼い。何を無理してごまかす必要があるのだろう。
 やがて賑やかな声の聞こえる建物の前に来た。