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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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episode.23


 人が人を受け入れられる世界の何と素晴らしい事か。
 互いに認め合い、信頼し合い、総てを共有し、共存する世界。それを人は何時も求め、夢見、努力をする。
 しかし人は常に相容れない感情を持つ。己と対する思想を拒絶し、忌み嫌い、憎しみに身を委ねる。
 人が人を受け入れられる世界の何と素晴らしい事か。
 しかしそれは、途方もなく遠い、夢物語でしかない。


 * * * *


 運が良かったのは、向かいの部屋には誰も泊まっていなかった事だろう。
 気絶した二人を部屋に運び入れているソルティーの代わりに、須臾は他の客の知らせで飛んできた店主を宥めていた。ちょっとした喧嘩だとありきたりな言い訳を貫き通し、中を覗かれない為に扉の修理費と迷惑料を多めに握らせて引き下がらせたが、次に何か起こればそれがどれだけ小さな事でも追い出されるのは間違いないだろう。
 ただし店主以上に迷惑さを感じているのはソルティー達であり、特に須臾は得体の知れない者を、それが怪我人だろうと部屋に運び込むのを反対した。
 聖聚理教の宝玉騒ぎに関わっていない須臾からすれば、突然空中から飛び出していた二人は、途轍もなく怪しい。しかもソルティーの説明が「前に会った事のある盗賊だ」と言う、あまりにもそのままな説明だった為に、彼の軽率な行動を須臾は当然の如く批難した。――が、一人が女性だと知った時点で掌を返した。
 女はベッドに寝かせたが、男の方は一見してでも外傷があまりにも酷く、仕方なく床に寝かせるだけに終わらす。
「しっかし、一体何者な訳? 急に現れるしさぁ」
 須臾の話では、二人は本当に突然部屋に現れたのだという。
 空間から弾き飛ばされる様に飛んできて、男は床に叩き付けられ、女は運も間も悪く扉を開けた恒河沙に体当たりをしたのだ。
 その所為で恒河沙は高くもない鼻と、床に打ち付けた頭の痛みに唸りっぱなしだった。
「何者も何も、私も顔を知っているだけで、はっきりとは……」
 須臾の疑問はそのままソルティーの疑問でもある。
 二人とも息は確かだが、運んでいる最中にも身じろぎ一つせず、気が付く様子も無かった。
 しかし二人とも酷く傷付いているのは確かであり、それもおそらくは拷問によってだろう。特に男は今息がある事自体が不思議なほどだ。
 全身に及ぶ鞭打ちの痕跡は長時間の非道さを物語り、両手の爪は全て剥がされ、背中には焼いた棒を押し当てられた傷が縦横に走っている。殺しても構わない扱いだった事は、治療された箇所が一つもない事から明らかであり、殆ど皮膚の残っていない背中の傷は、既に壊死が始まっている場所さえもあった。
 これだけの拷問を考えれば、意識を取り戻しても果たしてそれが正気であるかどうかも疑わしい。
「……考えていても仕方がない。これが彼等の悪事の結果だとしても、私達が見捨てて殺す理由にはならない」
「そりゃそうかも知れないけどさ。だったらどうするわけ? ここで医者なんか探したら――」
「まず間違いなく他の物も付いてくるだろうな。私達で手当をしなければならないだろ」
「はぁ……やっぱりそう来る? んじゃ僕は彼女の方を」
「ったく、ああ良いだろう、そっちは任せる」
 ソルティーは妙に喜んでベッドに向かう須臾を止められず、男の爛れた皮膚に目を落とした。
「恒河沙はこっちを手伝ってくれ。――ああ、その前に井戸から水を汲んできて欲しい」
「うん」
「須臾、包帯はまだ残ってるか?」
「ええ? 僕のは彼女に使うから……ああ、恒河沙の荷物の中にまだ入ってる筈だから、勝手に出して」
「判った」
 恒河沙が水を汲んでくるまでにソルティーは包帯を用意し、空いているベッドからシーツを剥がし床に敷き、買ってきたばかりの封呪石と薬をその上に並べる。そして風呂場で手を洗ってから、漸く男の処置に取りかかった。
 鞭によって引き裂かれたシャツは、滲み出た血で剥き出しの肉に張り付いて固まっている。皮膚の代わりとさえ見える布を剥がす度に、其処から新しい血が流れ、床に染みを作っていった。
「汲んできた」
「ああ、ありがとう。戻ってすぐに悪いが、私の荷物からも入っている包帯を全部持ってきてくれ」
「あ、うん」
 恒河沙はソルティーの横に桶を置いてまた部屋を出て、直ぐに三本の包帯を抱えて戻ってきた。
「恒河沙は包帯を広げて、水で濡らしてくれ」
 そう言いながら腰に備えていた短剣を抜き、男のズボンを切り裂く。
 傷の具合を確かめながら、濡らした包帯で先にこびり付いた血や汚れを拭えば、目を覆いたくなる傷が更に生々しく浮かび上がってきた。
――このままでは呪法は唱えられないな。
 魔法は精霊や自然の理の力で治癒を施せるが、呪法は受け手の回復力を高めるだけの留まる。怪我が大きければ大きいほど、呪法の使用は怪我人の体力を奪って結果的にしに至らしめる場合が多かった。
 そう判断し、ソルティーは封呪石の中から火の力の石を取り出し、短剣に翳した。
「恒河沙、この男の口に何か噛ませろ」
「へ? あ、うん」
 言われるまま恒河沙はシーツの端を切り裂いて丸め、男の口を無理矢理開いて中に詰め込み、ソルティーはそれを確認してから、真っ赤に熱した短剣を男の腐りかけた肉に押し当てた。
 焼き焦げた肉の鼻を突く臭いが部屋に広がり、須臾が女の治療を中断し窓を開ける。
「そっち手伝おうか?」
「いや、先にそっちを終わらせてくれ。女性の体に傷を残したら、また怒られる」
 真剣な顔で軽口を言うソルティーに須臾も頷き、また手にした封呪石を女に向ける。女の怪我は、男に比べれば命に関わるほどの傷ではなく、封呪石での治療が充分に可能だった。
 しかし態と腕や顔と言った、目に付きやすい所を狙っている様な傷には、須臾でさえも腹立たしさが感じられた。


 必要以上に深く抉らず神経と血管を避けながら、細心の注意を払いソルティーは腐った肉だけを焼いていく。それが終わった場所から恒河沙が薬を塗った包帯を被せる一連の作業が繰り返され、漸く半分近く背中が包帯で埋め尽くされた時に、男の微かな呻き声が聞こえた。
「気が付いたか?」
 男の顔を覗き込み、その目がはっきりとこっちを見ている事を確認する。
「良し正気だな。暫く我慢しろ、このままだと体が腐る。恒河沙、腕を押さえろ」
 その言葉に男は小さく頷き、ソルティーは短剣を押し当てた。
 自分を見て驚く事の無かった男の様子に、多少の落胆を感じながら。
「ーーーーーっ!!」
 言葉にならない悲鳴を出し、男の体はあまりの痛みに勝手に暴れようとし、その体を恒河沙が上から押さえ込む。
 いつの間にかソルティーの体も男の足を跨ぎ、また肉を焼く為に封呪石を手にした。

 一通り男の背中の傷を強引に塞ぎ、再度薬を塗布した包帯を敷き詰め、効果は薄いが体力回復効果のある封呪石を治癒の代わりに配置した。
 背中の治療の後調べて判った事だが、腕と脚の骨が一本ずつ折れていた。他も有るかも知れないが、今の状態では下手に動かす事も出来ない。取り敢えず骨だけは綺麗に折れていた事に感謝し、ずれを治して添え木を当てるだけにした。
 男は気が付いた後は一度も痛みに気絶する事なく、手荒い治療に耐え、今も暴れる様子もない。