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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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episode.21


 家族。この言葉を聞いた時、まず始めに誰の顔を思い出すだろうか?
 親、兄弟、夫、妻、子供。それがまず一般的な表現者であると思われる。しかし時には、血の繋がりの無い、多くの時間と共にした者を示す時もある。
 生活共同体である家族と、運命共同体である家族。そのどちらが正しい形の家族に近いと言えるのか。
 ただ少しだけはっきりしている事は、家族と言う言葉の中に、様々な感情が犇めき合いながら、それは時を経て成熟する。それだけである。


 * * * *


 ソルティー達が城を発ってから一月半。
 半月の間、ソルティーが感じていた異質な気配は、未だに彼の周囲に存在していた。但しそれを感じているのは彼一人だけだった。
 前回は自分と恒河沙を除く三人が、敵の策略に気付かない内に填った。今度は自分だけを標的にしていると考えれば、気持ちはかなり楽になれた。
 しかし、これだけの気をソルティーにだけ送り続ける力の持ちようと、その者の最終的な策がまだ見えてこない。
 明らかな殺意や企みが感じられるなら、こうしてのんびりと構えようとは思わない。だが相手の出方が判らない状態で、闇雲に動き出しては危険を呼び込む可能性は高く、森という場所を考えれば必要以上に慎重になっても仕方がないだろう。
――不思議だな。
 見えない敵に対する恐怖は、確かに存在する。
 恐怖心が有るからこそ、危険から身を守る事が出来る。しかし、異質な気配だけに何故恐怖を感じてしまうのか、それがソルティーは不思議だった。
「なに? まだ感じるの?」
 無意識に周囲を見渡していたソルティーに、須臾が近付いて声をかける。
「ああ、相変わらずだ」
「おっかしいよね、僕達が全く掴めないなんて。でも、それだけ巧妙って事かな?」
「判らない。私の思い過ごしだったら良いのだが」
 ソルティーの言葉に須臾は表情を曇らせる。
 この中で誰が一番勘が鋭いのか、誰が一番周囲の状況に気を配っているのかを聞かれれば、須臾は真っ先にソルティーの名をあげる自信がある。もう腹も立たない位、状況認識の的確さや、判断の早さを認めている彼が、思い過ごしだけでこれだけ長い間、同じ事を言い続ける筈がない。
 確かに敵はいるだろう。それが先日の“何か”の仲間どうか判らないが、これまで自分達が相手にしていたモノとは全く違う何かが、今も何処かに身を潜めている。
 それが現れた時に、果たして自分達でも勝てるだろうか。そんな不安混じりの疑問が胸に浮かぶ。
 だが須臾は表情に自信を込めた笑みを浮かべ、力強い声を放った。
「でも、もし何かあったら、今度こそ僕達に任せてよね?」
「……ああ、そのつもりだ。多分、もしこの気が本当に敵の何かだったら、私一人ではどうにもならないと思うから、その時は遠慮なく後ろに下がらせて貰う」
「信じてるよその言葉」
 あまり所か、殆ど活躍の場を与えて貰えない傭兵ほど情けない生業はない。しかも雇い主の方が自分達より強いわ、役に立つわでは立つ瀬もない。
 もう給金云々と言うよりも自尊心の問題として、須臾は恒河沙の口癖ではないが、彼の役に立つ仕事をしたいと真剣に思った。



 それから三日ほど何時も通りに旅を続け、須臾が見飽きた景色に欠伸を漏らした時、前を歩いていたソルティーの背中が一瞬揺らいだと思ったら、彼は唐突にその場に倒れた。
「ソルティーッ?!」
 真っ先に倒れたソルティーに走ったのは恒河沙だった。その後に須臾が続き、イニスフィス達は先頭を歩いていた為に気付くのが遅れた。
「ソルティー? ソルティー?!」
 俯せに倒れていた彼を仰向けにし呼びかけても、瞼はピクリとも動かない。
 恒河沙はこの大陸に渡ったばかりの事を思いだし、真っ青な顔でソルティーの肩を揺らして呼びかけ続けた。
「恒河沙、そんなに揺らさないで、もし病気だったら逆効果だよ」
 須臾は気が動転している恒河沙をソルティーから引き剥がし、代わりに急いで様子を見た。
――確か、前にもこんな事が有ったけど……。
 やはり彼もソルティーが倒れた時の事を思い出し、その時の状態と今とを比べる。
 ハーパーが居ない今、まともに処理が出来るのは自分だけだと確信すると、意外と冷静に現状を見る事が出来た。
――熱はないし、呼吸も正常の範囲だし、苦しそうでもない。理の力を摂り過ぎると調子が悪くなるって言っていたけど、跳躍した訳じゃない。迂闊に治癒も掛けられない体じゃあ、どうする事も出来ないな。
 須臾は一応ソルティーから装備を外して体を楽にさせた。その間も、ソルティーは一度も目を開けることもなく、指先すらも動かない。
「須臾……ソルティーどうしたの? またあの病気?」
 不安を抱えて覗き込む恒河沙を仰ぎ、須臾は首を振って答えた。
 須臾の見る限りソルティーの持病の症状は、精霊力への拒絶反応に近い。
 勿論、精霊の力に支えられているような世界で、ソルティーの様な話を聞いた事はない。しかしあまりに特定の属性のみの精霊力を行使続けていると、その反属性の力に極端に弱くなる場合はあった。
 ソルティーの場合それがもっと重度になっていると考えれば、ハーパーが居なくともなんとか出来そうな気がした。
 それに今の彼は、どう見ても深い眠りに就いている様にしか見えなかった。前に倒れた時とは、明らかに症状が違う。
――恒河沙じゃあるまいし、歩きながら寝る……なんて事をソルティーがする筈がないよね。だったら、原因は一つだけ。
「おい、大丈夫なのか?」
 目の前の出来事しか判らないテレンが須臾に返事を求め、須臾は少し考えてから返事を出した。
「今は大丈夫。少なくとも、今のソルティーは眠っているだけだから」
「今?」
「そう、多分強制的な眠りに入らされたんだと思う。誰かは判らない、けど、十日以上前からソルティーは、誰かに監視されている気がするって言っていたから、多分そいつが何かの手を使ってソルティーを眠らせたと僕は思う」
「じゃあ、ソルティーどうなるんだよ……このまま寝続けるなんて事無いよな」
「運が良ければ自然に目が覚めるかも知れないし、悪ければこのまんま。最悪、この眠りが呪いの類なら、簡単に衰弱死だろうね」
「そんな……」
 須臾の優しさの無い言葉に恒河沙はその場に座り込んだ。
 何も好き好んで言った言葉ではないが、楽観的な物事の見方では、助かる者も助かりはしない。
 今は厳しいかも知れない現実を確実に見据え、その上で判断をしなければならない状態だ。そしてそれは誰もが性格に理解し、恒河沙でさえも無駄に慌てるまでにはならなかった。
「でも、もし誰かの仕掛けた呪いだとするなら、その呪いをかけた奴を見つけだせば良い筈だよ。そうすればソルティーも元に戻る」
「ほんとに?」
「うん。でも、それまでソルティーが何処まで頑張れるかによる。なあイニスフィス、森の外からの魔法関係って、一切森の中まで届かない筈だよね」
「ああ。それは保証する。もしそんな物が届いたら、森の中は今頃滅茶苦茶だ」
 胸を張ってそう言うイニスフィスに、テレンも頷いて同意を見せた。
「だったらそいつは森の中に居る。それもそんなに距離を摂っていない筈だからね」
 須臾の意見に全員が頷く。