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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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episode.20


 自己が自己として成り立つのは、何を基盤としているからだろうか?
 過去からの記憶か、現存する人格か、それとも他者が見る外郭なのか。どれを取ってもそうだと言えるし、そうだとも言い切れない。
 本当に自己は存在するのか。今、存在する自己が、果たして本当の、本来の自己なのかを判断する事は出来るのだろうか?
 今感じている自己は、本当は誰かの夢の中の一つの場面ではないのだろうか?


 * * * *


 イニスフィスの怪我は封呪石の効果内に納まる程度で、翌日には時折休憩を挟みながらだが歩き出せた。
 彼はテレンと比べると、遙かにソルティーの話を納得のいく形で了承し、恒河沙にテレンの代わりにと頭を下げた。それに対して恒河沙が謝らない筈はなく、以前に比べれば格段に良い関係で旅を再開だ。
 但しテレンだけは、もって生まれた性格をどうこう出来る訳ではないからと、喧嘩腰の口調を改める事はなかった。――ただしソルティーを除いて。
 テレンはあの一件依頼、拭い去れない恐怖心からソルティーに対してだけは反抗的な態度を改めた。
 これから先、まだ数ヶ月は要するこの旅で、もし同じ事を自分が繰り返せば、今度こそ取り返しのつかない事が、自分を含めこの森に起きるかも知れない。
 小さな体で恐ろしいまでの破壊を見せつけた恒河沙も、恐ろしい事は恐ろしい。しかしそれ以上にソルティーの静かさは、もっと陰に潜む何かを感じさえた。
 最悪な事態は考えたくもないが、確信に近い場所で考えてしまう。

 この男を動かしては危険だと。

 男らしくない考えだが、決められた事だけを果たしていれば、自分に何も起きないだろうと、テレンは逃げを打ったのだ。



 城から離れて、やっと一月が過ぎようとしていた。
 森は相変わらず代わり映えはなく、ただ歩き続けるのも日増しにきつくなってきた三人に、朗報をもたらしたのは珍しくテレンだった。
「なぁおい、此処から多少迂回する事になるんだが、南に泉が有る。寄っていかないか」
「えっ?! ほんと?」
 真っ先に飛びついたのは須臾だった。
 浄化の呪法で不潔になる事はまずなかったが、それでも実際に洗うのとでは精神的な面で大分違う。
 しかし須臾以外は余り気にも留めていないらしく、彼の様に目を輝かせる事はなかった。
「どれくらいになる?」
「ソルティ〜〜〜」
 時間を取る様なら除外すると言いたげなソルティーの腕に縋り付き、涙を滲ませながら懇願した。
「……判った、行くよ」
 その余りにも情けない表情にソルティーは簡単に折れた。
 もしこれで行かないとなれば、須臾が一生分の愚痴を耳元で言い続けるに違いないと思ったからだ。
「ありがとうっ!! んじゃテレン、それどこどこ。早速案内してっ!!」
 須臾はいつもの数倍の早さでテレンの背中を押しながら歩き出す。
 その後ろ姿を肩を落として見つめるソルティーに、今度は恒河沙が近付いて袖を摘む。
「良いのか?」
「ん……まあ、多少の迂回だとテレンも言っているし、ちゃんとした休息も必要かも知れないから、まっ仕方ないさ」
 自分に言い聞かせている様なものでもあるが、精神的な疲労が一番厄介なのも、この五人の中でそれを一番溜めているのが須臾なのも判っていた。同時にそう言う弱さみたいなものを、表に出すのを極端に嫌っている事も。
「恒河沙は嬉しくないのか?」
 それが当然だと思っていた恒河沙の顔付きは、そうではないと語っていた。
「……俺、水…泳いだりするの、嫌いだ」
 袖を掴む指に力を込め、辛そうにする彼にその理由を問う事は躊躇われた。
「悪かった」
 ソルティーはそう言うだけが精一杯で、首を振る恒河沙の頭に手を乗せたかったが、袖を掴まれている為に成す事は出来なかった。



 テレンの言った多少の迂回は、一日程度の違いで済んだ。
 其処で一日休憩したとしても、二日程度なら取り戻せる遅れだろう。
「良かったぁ、結構広いじゃない」
 相変わらず陽の光は森の中を照らし出す事はなかったが、イニスフィス達の案内で到着したその泉は、自ら光を放ち其処に在った。
 光が強ければ強いほど、水が澄んでいるほど、その泉や湖に多くの精霊が宿っている。
「早速水浴びでもっと……っと?」
 到着したなり荷物を投げ出し、我先にと走りだそうとした須臾をソルティーが肩を掴んで止めた。
「その前に無くなった飲み水を汲んでこい。お前が入った後の水を飲みたくない」
「……は〜いはい」
 精霊が多いと言う事は、それだけ水の浄化、循環は早いと言う事だが、気分の問題としてのソルティーの提言に全員が頷き、須臾は渡された水筒を持ってとぼとぼと泉に向かった。
 この旅の中で一番困ったのは水の確保だった。
 実りの多い樹木のお陰で、代わり映えはないものの、恒河沙の空腹感が持続する事はなかった。
 しかし普段の旅では普通に行われていた、封呪石を使っての大気中からの水の摂取は、加減を間違えば周りの樹木からも水分を奪ってしまう。河南の森と違って、総ての樹木に等しく精霊が宿っている此処では、水筒一つに水を溜めるだけでも細心の注意を払わなければならない。
 須臾が水を汲んでいる間、ソルティーはイニスフィスとテレンを呼んで、腰を下ろし地図を広げていた。
「今でどの位になる?」
「ああっと、そうだな……。この地図じゃぁ城が此処で、今居る場所がこの辺だ」
「俺達の地図見た方が正確なんじゃねぇか。これじゃぁぜんぜん位置が把握出来ねぇ」
 森を簡略化した地図に印を付けるイニスフィスに、テレンが自分の荷物から違う地図を取り出し、横に広げる。
「ああそうだな、こっちが良い。今は此処、キキシャの泉だ」
「で、俺達が目指すのはこのアジストラとの国境だ。そうだな、あと三月は掛かりそうだな」
「そうか、流石に広いな。一つ聞くが、この印が泉の印なのか?」
 ソルティーが地図に描かれた黄色い印を指すと、二人は頷いた。
「では、此処と此処を繋いで進めるか?」
「ああ良いぜ、それなら村を避けられるからな。イニスフィスも良いだろ?」
「ああ」
 村を経由出来ればもう少し楽に旅が続けられるものの、根深く残った確執の為に、城の者達は点在する村を避けて旅をしなくてはならなかった。
 しかも今回はアスタートの忌み嫌う外の者を連れての旅だ、おいそれと近付く事も躊躇われる。
 それから少しの間、ソルティー達は外と森との地図を見比べながら話を続け、須臾はいつの間にか泉で泳ぎ回っていた。
 一方恒河沙はと言えば、真剣な話をしているソルティーの邪魔も出来ず、須臾と一緒に水浴びも出来ずに、二人の間近くに実っていた果実を頬張っていた。
――たいくつだぞぉ〜〜。
 ちらちらとソルティーを盗み見したが、全く気付いてくれず、一人だけ取り残された感がして仕様がない。
 気が付けば手の届く所に実は無くなり、本当に何もする事が無くなったしまった。
「あう〜〜」
 頭上に実る白い実を見上げ、途方に暮れる。
 森の中では野盗も山賊も現れてはくれない。有り余る体力を発散する場所がない。折角あった事件を、寝ていた所為でふいにしてしまうわ、暴れて余計迷惑をかけてしまった。
――俺って、すっごい役立たず。