小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

余命一年

INDEX|1ページ/1ページ|

 
『余命一年』

 二か月前、体調が悪くて、大きな病院で華子は検査を受けた。
「間違いないんでしょうか?」と気の弱い華子は尋ねた。
 若い医師は自信に満ち溢れた声で、「残念ながら、間違いありません」と答えた。
「余命一年、直ぐに入院しろ」という恐ろしい宣告を受けて、意識を保つのがやっとだった。気を抜くと、意識が遠く飛んでいきそうだった。

 華子は辛い人生を歩んできた。母子家庭で育ち、苦学の末、高校を何とか卒業したものの、その後、交通事故に遭い、片足が不自由になった。そのせいで、当時を付き合った男性と別れる羽目になった。その後、長い間、恋人に恵まれず、生涯独身かと諦めかけていとき、ちょうど五年前だが、今の夫と出会い、貧しいながらも家庭を作ることができた。三年前には女の子に授かった。幸せな人生を歩んでほしくて「幸恵」という名をつけた。幸恵が可愛くてたまらなかった。何があっても、この子のために生きていくと心に強く決めていた。それが突然、ガンの宣告である。幸せから、いっきに不幸のどん底に突き落とされたような気分になった。これからどうすればいいのか分からずにいた。

 病院からの帰り道、幸恵の手を引きながら華子は繰り返し自問した。
『余命一年のがん? なぜ? 何か悪いことをしたの? 余命一年という罰に相応しいような何か重大な罪を犯したの?』と自問した。いいえ、何もしていない。母の教えのとおり正しく生きてきた。それが罪なのか? そんなことはない。何か、間違ったのか?……どんなに考えても、答えの出るはずはない問いであるが、冷静ではなかった。もっとも自分の死という宣告に対して冷静でいられる人間などいるはずはないが。

「どうしたの?」と幸恵が声をかけてくれた。
 ふと、我に返ると、そこは彼女の住むアパートの近くの公園の横断歩道だった。ぼんやりとしていた。車が突然止まった。
 車の運転手が首を出して、「何をしている。赤信号だぞ」と怒鳴った。

 華子の相談相手は唯一の相談相手は夫しかいなかった、その夫も今重い病気で入院している。とても相談できる状況ではなかった。そんなとき、県立北浜病院に丸山医師という名医がいることを聞き、インターネットで調べた。
 丸山医師は名医のうえに謙虚で物腰が低いから、すこぶる評判が高い。彼を頼って、県立北浜病院に来る人が絶えない。彼はゴッドハンドを持つ名医といわれている。彼が歳以上に老けてみえるとしたら、想像を絶するような難手術を引き受け、心労を重ねてきた結果ではないか。
 しかし、彼がどんなに優れた技術を持っていようとも、彼が人間である限り、百パーセント成功することはありまえない。幾分かの見落としとか、幾分かの失敗もあろう。彼自身気づかなくとも、厳密に彼の手術結果を分析すれば、彼の見落としや失敗によって命を落としたり、あるいは逆に悪くなったりしたことがなかったとは言いきれない。彼はそのことをよく知っている。
 十年前の話だ。優秀だった友人が医療事故で訴えられたとき、彼は「もし失敗が許されないなら、誰も手術台に立てない。それでも我々が手術に臨むのは、一人でも多くの人を救いたい気持ちからだ」と弁護した。
 十年経った今も、その思いは変わらない。

 華子は丸山医師を尋ねた。
「先生のことをインターネットで知りました。とてもすばらしい先生だということで、ぜひ私を見ていただきたいと思います。他の医者から“余命一年だから、直ぐに入院しろ”と言われましたが、納得できません」
一通り検査を受けた。
 そして、再び丸山医師と面談する日が来た。
 華子は何ともいえない気持ちだった。それが表情に端的にあらわれ、強張った顔をしていた。前の若い医師と同じように“余命一年”と再び言われたら、そのまま病院を飛び出し、自殺さえしでかさない雰囲気だった。
 丸山医師はそのことを直ぐに察知して微笑んだ。「余命一年はオーバーだよ」と言った。すると、彼女の中に張りつめていた緊張が少しずつ解れていくのが分かった。
「助かる見込みは十分ありますよ」と続ける。
 華子は嬉しそうな顔をして、涙を流した。
「本当ですか? ありがとうございます」
「しかし油断できないのは事実です。直ぐに手術した方がいい」と言った。
「手術はうまくいくんでしょうか」と華子はおどおどしながら尋ねた。
「神様でない限り、百パーセントはありえません。でも、いつも最善を尽くしています。任せてください」
 華子は泣きながら、何度も頭を下げた。丸山医師はまた一つ重いものを背負ったと思った。それは避けることのできない運命だとも思った。

作品名:余命一年 作家名:楡井英夫