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表と裏の狭間には 十七話―二度目の夏―

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家族が欲しかった。
あたしは、共に暮らし、一つ屋根の下で寝、同じ釜の飯を食い、一緒に喜びや怒り、哀しみや楽しみを分かち合える。そんな家族が欲しかった。
そう、まだ幼かったあたしが、全てを失ったあの日から。
あたしは、ずっとそれが欲しかった。

「こりゃ、今年の旅行は取り止めかしらね………。」
「だな…………。」
「ごめ………くしゅん。」
「はいはい。蓮華はそのまま寝てなさい。」
蓮華が風邪で寝込むという、非常に珍しいシチュエーションだった。
それが夏の旅行の前日というとんでもないタイミングだった。
よって、今年の旅行は中止せざるを得ない。
ああ、海、行きたかったんだけどな………。
ま、来月には校内一斉修学旅行がある。
旅行はその時にも行けるだろう。
九月半ば………温暖化の影響もあって、北のほうでは見事な紅葉が見られるだろう。
去年と同じく、紅葉に満たされた山の中にある温泉にでも行こうかな。
今年は、釣りが出来るといいなぁ………。
「今年は来月の修学旅行、一緒に行くんでしょ?」
「それは………勿論ね……。」
「だから、今回は気にしないでいいわよ。ゆっくり寝てなさい。」
「本当に………すまな……くしゅ……い。」
真っ赤な顔をして布団に潜り、喋るたびに苦しそうに咳き込む蓮華の姿は、普段の溌剌とした様子からは予想がつかないほどにか弱く、この子も女の子なんだなぁ、と改めて思う。
まぁ、今年に限っては、蓮華の風邪を差し引いても旅行は中止になっただろうけど。
居間では恐らく、各テレビ局があらゆる番組をぶっちぎって、ある一つの情報を報じているだろう。
『依然として強い勢力を持つ台風十号は、現在、伊豆諸島沖を北上しており、もうすぐ東京に上陸するものと思われ――』
そう、今、日本は巨大台風の勢力下にある。

『悪い、多分しばらく帰れそうにないなこりゃ。レンの容態はどうだ?』
「うーん、まぁ、ただの風邪だと思うんだけど、何分こんな状況だしね。医者が呼べなくて。」
『あー……。まぁ、台風が過ぎたらすぐ帰るから、それまでレンのことよろしく頼むよ。』
「勿論よ。雫ちゃんも大丈夫?」
『ああ。今代わる。』
電話の向こうで何らかのやり取りがあり、その後、雫ちゃんが電話に出た。
「雫ちゃん?そっちは大丈夫?」
『うん。外に出られないのがちょっと不便だけどね。お兄ちゃんが大きなホテルを取ってくれててよかったよ。まぁ、その分お金はかかるけどね。』
「でも紫苑のお金でしょう?」
『それを言っちゃ駄目だよぅ~。レンはどう?大丈夫そう?』
「うん。きっとただの風邪よ。」
『そう、よかった。じゃぁ、レンのこと、よろしくね?』
「紫苑と同じこと言うのね。」
そう返すと、雫ちゃんは照れくさそうに笑った。
『じゃぁ、お兄ちゃんに代わるね。』
「うん。」
『じゃ、そっちの事は任せるから。』
「ええ。あなたもしっかりね。」
そして、あたしは電話を切った。

紫苑は、今とある地方都市にいる。
ことの起こりは、八月の初めに遡る。

「……………………………チッ。」
「お前、何荒れてんだ?」
紫苑が尋ねるのも無理ない。
あたしも、かなり荒れているという自覚はある。
「まぁ………、その、色々と無礼な輩がいたのよ。」
「そうか………。」
正直、話していいかどうか迷うんだけど………。
紫苑になら、話していいのかな。
これは、正直あたしの手に余る問題だし。
「紫苑、雫ちゃんはいる?」
「ああ。」
「呼んで来て。」
「は?」
「今日、蓮華が部屋から出てきてるのを見た?」
「…………分かった。」
蓮華は今日、部屋から出てきていない。
少々、いや、かなり重大な問題が発生していたのだ。

「蓮華の………親戚?」
「ええ。」
あたしは、部屋に紫苑と雫ちゃんを連れ込んで、今回の問題を話していた。
「まぁ、色々すっ飛ばして要点だけ説明すると、蓮華の親戚が、蓮華を引き取ろうとしているのよ。」
「はぁ?」
紫苑は、滅茶苦茶呆れたような顔をしている。
雫ちゃんは、無表情で、感情を押し殺しているのが丸分かりだ。
「まぁ、今朝、電話がかかってきたのよ。」
「今朝?」
蓮華の話を聞くには、前々から、親戚は連絡を取ってきていたらしいのだ。
それも、しつこく。
ここ数日それが特に酷くなってきていたらしく。
蓮華は、限界に達していた。
そして、あたしが相談を受けたのだ。
あたしは、自分で言うのもなんだけど、この家の家長のようなものだから。
相談を受けるのも、順当だろう。

『ここ数日、特に酷くてね……。本当に酷い。その名ばかりの親戚が、今更ボクを引き取ろうとしているんだよ。』
『………親戚?』
『ああ。酷い親戚でね。両親が健在だった頃も、両親と不仲だったほどの親戚だよ。本当に、戸籍上の繋がりでしかない、ね。』
『そんな親戚が、またどうして?』
『ボクの親戚は、そのふざけたヤツを残して全滅してしまっていてね。だから、そいつがボクを引き取って、育てることにしたいらしい。』
『あんたの両親とも不仲だったのに?』
『多分、そいつは『ボクという親無しの孤児を引き取って育てた』という名声が欲しいんだろう。』
『………。』
『ふざけた話だよね。親類の財産を散々使い潰し、遊んで生きているようなクズなのにね。』
『そうね………。』
『ボクの両親と不仲だったのもそのためだよ。借金ばかりしていてね。本当にふざけたヤツだ。』
『そんな奴に従う必要なんてないんじゃない?』
『それが困ったことに、あの野郎、親権を主張していてね……。』
『でも、両親以外が親権を行使できるのは、養子縁組をした場合のみのはず……。』
『だから、色々と汚い手を使ってボクを養子にしようとしてきてね。』
『それは………。』
『最近、脅迫が酷くてね。はっきり言って、もう限界だよ。』
『蓮華………。』
『ねぇ、ボクはどうしたらいいんだ…………?』
『………。』
『ゆり………。助けてくれよ。………私は、どうしたらいいの………?助けて………。』
『………。分かったわ。あたしに全部任せなさい。』

「そんなことが………ッ!」
紫苑が、怒りに震えている。
無理もない。
自分の一番大切な人が、こんな目に遭っているのだ。
しかも、紫苑のことだから、それに気付けなかった自分を責めているのだろう。
「俺に、何が出来る?」
「脅迫の証拠を集めて、それをネタに親戚を直接強襲し、蓮華を引き取ろうとする一連の細工を止めさせる。それに関する誓約書を書かせる。できる?」
「場合によっては警察を介入させてもいいんだよな?」
「構わないわ。その時はあたしの人脈を使ってあげる。」
「そうか………。」
紫苑は目を瞑る。
そして、開いた目には。
強く激しい怒りと、強いが静かな決意が灯っていた。
「俺がやる。レンは、俺が救う。」
「雫ちゃんは?」
「私も、お兄ちゃんに協力する。何があっても、何をしてでも、レンを助ける。」
「そう。じゃ、細かい手はずだけど――」

そうして、紫苑と雫ちゃんは、蓮華の親戚のいる地方へ飛んだ。
そして、あたしの人脈をも駆使して、紫苑は、僅か三日で事態を解決してみせるという快挙に出た。
いや、これには流石の私もびっくりした。