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Prayer -祈り-

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4.マフィン



翌日、目が覚めたらもう10時は回っていたと思う。
ロンは双子たちに強制的に拉致されて、遊びに出かけたらしい。
隣のベッドは、プロリーグのクィディッチの選手の写真を、スポーツ雑誌から切り抜こうとしていた途中のままの状態で、シーツの上がゴチャゴチャになっていたからだ。

部屋を見回しても、人っ子一人いない。
それもそのはずだ。
こんな天気のいい休日の午前中をベッドと机しかない寮の部屋で過ごすヤツなんかいる訳がないからだ。

ハリーは大きくあくびをすると、手近な私服に着替えると、たっぷりととった睡眠時間を表すような、ひどい寝癖の髪のままで洗面台へ向う。
歯ブラシでゴシゴシと擦りながら、口の中を泡まみれにしつつ、これからの予定を考えた。
ロンと昨日の盛り上がったカードゲームの決着をつけるか、箒で軽い遠出に出かけようかと思っていたのに、肝心の本人がいないんじゃあ、お話にならない。
ハーマイオニーはきっと図書館だろう。
『せっかくの休日なのに、図書館はないよなぁ……』と首を振って、そのまま口をゆすぐと顔を洗い、大広間へと向った。

生徒がポツリポツリと座っているだけの、閑散とした空間に大テーブルが並んでいる。
もちろんその机には、オートミールもパンもサラダも何もなくて、視線を左右に走らせた。
肝心のドビーがいないかと思って探したのだけれども、あいにくとこの部屋にはいなかった。
朝食の後片付けを済ましたここには、屋敷しもべは一匹たりとも歩いてはいなかったからだ。

ハリーは立ち上がると、厨房のほうへと歩いて行く。
キャーッキャーッという甲高いキリキリした声が響くそこは、鍋からの湯気で窓ガラスが曇るほどの熱気に満ちていて、幾人もの屋敷しもべが忙しそうに食器を洗ったり、昼食の準備に取り掛かっていた。

「ドビーはいるかい?」
呼びかけると、今まで忙しく動き回っていた者たちの動作が一斉にピタリと止まり、声のしたほうへと注がれる。
30人は下らない屋敷しもべに見詰められ、かなり面食らった表情のハリーの元へ、トコトコと見慣れた姿が近寄ってきた。
「お呼びでございますでしょうか?ハリー・ポッター様」
揉み手をせんばかりに両手を擦り合わせて、大きな瞳で見上げてくる。
「ああ……、ええっと──。もしよかったら朝ごはんを食べ損なったから、何か軽い食べ物があったらもらえないかなと思ったんだけど……。今、いそがしかったら、別にいいよ」
たくさんの屋敷しもべに見詰められて、ハリーはタジタジになって、口ごもってしまった。

ドビーは大きな耳をパタパタさせて、「めっそーもございませんです」と大声で答えた。
「ドビーめは、急いで用意するであります。もちろん喜んでお支度をいたしますです。ドビーめは、ハリー・ポッター様のご用意をすることが出来て、とても嬉しいのでございます」
彼の声は一段と大きくて、それの奉仕が出来ることを誇らしく思っているらしい。
ほかの屋敷しもべは自分がお世話できなくてガッカリした顔で、また銘々に自分のやりかけの仕事へと戻っていった。

ハリーは調理台の大型テーブルの端の席に座った。
ものの5分もしない間に、オニオンスープとスクランブルエッグとマフィンが運ばれてくる。
たっぷりとミルクを注がれた紅茶のカップは大ぶりのそれで、どっしりとしたものだ。

遅い朝食を取りながら、窓の外を見詰めた。
ここからは庭の木々がうっそうと茂っているのが見える。
天井近くまである高窓の上のほうから、木漏れ日が漏れてキラキラと輝いていた。

(本当、いい天気だな……)
あまりの天候のよさに目を細めて、またこれからの休日の過ごし方を考える。
(こんなに天気がいいから宿題をする気はさらさらないし、かといって、校庭で遊ぼうにもロンがいないからなぁ。どうしようかなぁ……)
レタスを最後に口に放り込むと、大方の料理を平らげ、満足気に紅茶を飲んだときに、ふと頭を掠めたことがある。

「あっ!忘れてたっ!!」
ガタンと椅子を蹴飛ばすように立ち上がると、慌てて目の前のマフィンを紙ナプキンに包むと、ドビーに「どうもご馳走様」と一声かけて、厨房から飛び出した。

バタバタと足高に地下室から上へと繋がっている螺旋階段を登っていく。
そのまま、玄関ホールを駆け抜けると、裏庭へと続く渡り廊下を目指す。
途中で顔見知りの級友たちとすれ違い、「どうした、ハリー?」という言葉に、軽く手を振って駆け去っていった。

作品名:Prayer -祈り- 作家名:sabure