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新世界

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「……私にはもうそれしか方法が無かった。宰相という立場にあっても、皇帝の意志を変えることは出来ない。戦争をしてはならないと皇帝に訴えれば、私を外した場で開戦が決められる。……宰相など名ばかり、皇帝の操り人形と同じだ」
 今、俺の隣でハンドルを操作している人間は、やはり俺の考えた通りの人物だったということか。今の話が彼にとって都合の良い作り話だとは思わない。それならば、このように危険を冒してまで俺を逃がそうとする筈が無い。
「……エスファハーンで君の姿を見た時は本当に驚いた。俺は君が宰相だとは考えていなかった」
「私も同じだ。マルセイユで会ったレオンが、まさか共和国の軍部長官だとは思わなかった。……皮肉なものだ」
「そうだな」
「だが同時に感謝している。交渉にしても、こんな卑劣なやり方では駄目だと気付かされた。捕らえたのがお前だったから、私は間違いに気付いた」
 ルディは言いながら、角を曲がった。人通りの少ない道に進む。車の中央にあるモニターが現在地を映し出した。ルディはそれを指で操作して、広域図を表示させる。暫く画面を見つめた後、しなやかな指先で操作して、ルートを作り出す。それから車を自動運転に変えた。
「此処から君を共和国へ送り届ける。車では四日程かかるだろうが……」
「……ルディ。此処で下ろしてくれ」


 レオンは私を見て、この場で下ろすよう告げた。此処からどうやって共和国に戻るつもりだ――と問うと、どうとでもなると笑みを浮かべて応える。
「追っ手もかかる。お前はこの国の地理に明るくないから危険すぎる」
「だがこのまま俺と行けば、君は酷い目に遭う。俺を逃したことでさえ重罪になる筈だ。これ以上、皇帝の不興を買ってはいけない」
「私のことなら気にするな。覚悟は出来ている」
「君一人の身ではないだろう」
「周囲には出来るだけ迷惑を掛けないよう細工は施してきた。そのことをお前が案じる必要は無い」
 そういえば、先程、携帯電話が何度か鳴っていた。おそらくフリッツかミクラス夫人だろう。ケスラーから話を聞いて、此方に連絡を寄越したに違いない。
「アンカラまで送り届けることは無理だが、せめて帝国の国境を越えてマスカットまで私が送り届ける。……共和国への償いのために、せめてそれぐらいさせてくれ」
「ルディ……」
「この国の宰相として何も出来なかった。それが何よりも……情けない」
 その時、車が緩やかにブレーキをかけ始めた。自動運転だから、障害物や人がいれば自動的に停車する。前方を見ると、人が一人立っていた。

 ヴァロワ卿だった。
 既に宮殿には私の行動が知れ渡ったのだろう。それともオスヴァルトがヴァロワ卿に連絡をいれたのだろうか。それにしても私がこの道を通るとよく解ったものだ。
 車から降りると、ヴァロワ卿は厳しい顔つきで私を見つめた。
「ヴァロワ卿……」
「……誰にも私が此処に来ることは言っていないから安心しろ」
「……ありがとうございます」
「宰相が収容所から勝手に捕虜を連れ出した、と宮殿内で騒ぎになっている。宰相、今のうちに宮殿に戻れ。宰相としての職は追われるが、今ならばそれ以上の責めは回避出来る。私が口添えする。さもなくば、ロートリンゲン家までも巻き添えになるぞ」
 ヴァロワ卿の言葉を聞いて、レオンが私を見、宮殿に戻るよう告げた。此処まで連れてきてくれただけで充分だ――と言う。
 私は首を横に振った。
「ロートリンゲン家に嫌疑がかからないよう、宮殿からそのまま収容所へ向かいました。フリッツもパトリックも皆、何も知りません。それに、ロートリンゲン家が取り潰されることはありません。帝国アカデミー他、教育文化部門へのロートリンゲン家からの出資を増額してあります。ロートリンゲン家が潰されるようなことになれば、其方も同時に潰れる――そのように、出資を操作しておきました」
 ヴァロワ卿は眼を見開き、額に手を遣った。前もって計画してあったのだな――と呆れた様子で呟いた。
「銀行口座も凍結されるでしょうが、皆が困らないほどの額を邸に置いてあります。ロートリンゲン家は大丈夫です。今回の行動については、私一人が責任を取れば良いこと」
「……覚悟は出来ているということか」
「はい」
「此処で私と戦うことになってもか?」
「……はい」
 ヴァロワ卿はひとつ息を吐き、解ったと呟いた。ポケットに手を忍ばせて何かを取り出す。
「弾丸ぐらい持っていけ。あと私の拳銃も」
「いいえ。それではヴァロワ卿に嫌疑がかかります。それに弾丸と剣は持ち合わせています。大丈夫です」
「……本当に周到に用意していたのだな」
「陛下が意見を変えるかもしれないことは予想出来ていましたから……」
 ヴァロワ卿のポケットから音が鳴り響く。携帯電話のようだった。ポケットからそれを取り出し、表示を見て、ヴァロワ卿は言った。
「ならば早く行け。そして共和国に亡命をしろ。帝国に戻って来ては駄目だ」
「ヴァロワ卿……」
 亡命をしろ――そんなことを言われるとは思わなかった。ヴァロワ卿は私を引きずってでも宮殿に戻そうとするかもしれない、そう思っていたが――。
 ヴァロワ卿は半歩前に出て、私の肩を掴んだ。
「これだけは約束してくれ。宰相……いや、フェルディナント。どのような状況になっても必ず生き抜くと」
 強い口調で、ヴァロワ卿は言った。
 生きろ――と念を押すようにもう一度言う。
 ヴァロワ卿からフェルディナントと名を呼ばれたのも久しぶりのことだ。宰相になってからは、一度もそう呼んでいなかったのに。
「解りました。ありがとうございます。ヴァロワ卿」
「アンドリオティス大将。宰相ならば、貴方を無事、貴国に送り届けるだろう。それから先のことはお頼みする」
 レオンはヴァロワ卿の言葉を受けて、解りましたと強く応える。
 早く行け、とヴァロワ卿は促した。車に乗り込んで、すぐに発進する。ヴァロワ卿は最後に、私に向けて敬礼した。
「……帝国軍務省陸軍部長官ジャン・ヴァロワ大将。国際的にも評価の高い人物だと聞いていたが、君とは仲が良いようだな」
「私は元々外交官だった。外交官になった当初、国際会議に共に参加したことがきっかけで親しくなった。その頃ヴァロワ卿はロイとも……、弟とも知り合っていたから、自然と付き合いが深くなっていった」
 ルームミラーで後ろを見遣ったが、もうヴァロワ卿の姿は見えなくなっていた。今回のことを謝り忘れていた。身勝手な行動を取って申し訳無かった――と。
「君の弟……、ハインリヒ・ロイ・ロートリンゲン大将はいつのまにか公式文書から名前が消えたが……」
 不意にロイのことを問われて、顔を上げた。聞かない方が良いか、と尋ねるロイにいや、と首を横に振る。
「もう半年前になるが、弟は帝国を追放された。ビザンツ王国に入ったことまでは終えたが、その後の足取りが追えず、今も行方知れずだ。……あの頃から全てが狂い出した」
「聞いても良いかな。何故、追放に? 武勲名高い優秀な人材と聞いていたが……」
作品名:新世界 作家名:常磐