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新世界

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 この発言には議会に参加した者達全員が驚いたことであり、そしてこの件は内密に進めることとなった。君主制から共和制への移行には少なからず混乱が伴う。その時に他国から攻め込まれれば新トルコ王国のような小国はひとたまりも無い。
 共和制に反対する者も居た。今でもそうした声はある。だが国王の意志は固かった。そして土台作りに努めてきたという言葉には、国王の親族の一斉の継承権放棄も含まれていた。国王は誰に相談することもなく随分前から計画していたようだった。
 では具体的にいつから切り替えられるか――実行面での段階になって、新ローマ帝国が侵略の動きがあるとの噂が立てられた。はじめは共和制に反対する者達が根拠の無い噂を流しているのだろうと思っていた。それでもそうした噂がある以上、慎重に動かなければならなかった。そのため、帝国を内偵する必要が生じて、俺が帝国に赴いた。
「卿の話を聞いて安堵した。私はもう長くは無い。先日具合を悪くしてから身体が言うことを利かなくなっている。もっと早く進めておけば良かったとこのところよく考えていたことだ」
「気弱なことを仰いますな」
「私ももう良い年だ。この時代に生まれて老年と呼べる年まで生きられたことは、喜ぶべきことだ。しかし冥府に旅立つ前に、この国が変わる様を見届けたいものだがな」
 国王はそう言って微笑んだ。昨年から国王は度々体調を崩している。70歳を越え、体力的に限界に達しているのだろう。閣僚達が急がなければならないと焦る気持も納得出来る。
「アンドリオティス卿、任務御苦労だった。ゆっくり休みなさい」
「ありがたき御言葉、感謝致します」
 最敬礼して国王の御前を辞する。その足で軍部へと向かった。留守の間に起こったことを聞いて、それから帰宅することにした。



 国王の居住区と行政機関は、中庭を挟んで向かい側にある。軍部は国王に何かあればすぐ駆けつけられるように、入口のすぐ側に部屋が設けられている。二度ノックして扉を開ける。部屋に居た全員が立ち上がって敬礼をした。
「たった十日留守にしていただけなのに随分久しい感じがする」
 苦笑してそう告げながら、此方も敬礼を返す。十日は長いですよ――とハリム少将が言った。
「閣下が長官となってから、十日も此処を空けたことがありませんでしたから」
 此処に居る将官達は士官学校の時分から先輩や後輩だった間柄の者ばかりで、気の置ける仲間達だった。
「そう言えばそうだな。ああ、そうだ。此方に私の荷物が届いていないか?」
「長官の執務室に運んでおきました」
「ありがとう。鞄の他に大きな袋があっただろう?」
「ええ。随分と大きな袋が」
「皆への土産だ。今、持ってくる」
 軍部の将官用のこの部屋の奥に、長官専用の執務室が設けられている。長官専用と言っても、普段は此方で皆と意見交換しながら執務を行うから、荷物置き場のようなものだった。扉を開けると机の側に鞄と袋が置いてある。それ以外は十日前のままだった。
「皆で分けてくれ」
 部屋に戻ってハリム少将に袋を渡し、それから一番奥の机に向かっているムラト大将の許へ向かう。この三つ年上のムラト大将こそ、人事委員会でこの俺を長官に推薦した人だった。まさか長官に指名されると思わなかったから、この時ほど驚いたことは無かった。俺としてはこの人が長官になるだろうと思っていたのだから。
『お前が適任だと思ったから推薦したまでのこと。俺も他の者達もサポートするから安心しろ』
 以前から、軍部は現体制の維持を望む守旧派と、共和制を望む若手の進歩派との対立があった。守旧派は壮年の軍人が多かったから、若手は長い間、粛正の憂き目にあった。功を重ねても進歩派に与する軍人は、昇進出来ないことも度々あった。
 しかし国王が共和制への積極的な意欲を示した時から、進歩派の力が増した。これまで憂き目にあっていた進歩派の面々が続々昇進を遂げた。俺もその一人だった。少将から中将へ昇進し、さらにその翌年に大将へと昇進した。そして、守旧派の頭目でもあった長官がその座を降り、新たな長官を選出する必要が生じた。新トルコ王国では各部の長官は各人事委員会での推薦によって指名される。進歩派の誰か――、俺の先輩に当たる誰かが長官となるだろうと思っていた。ところが委員会が終了して委員長に呼び出され、俺が推薦を受けたことを知らされた。

 以来、長官として軍部に所属しているが、以前と変わったことは責任を取る機会が増えたと言うことだろうか。次官のムラト大将は士官学校時代の先輩だった。同じ寮で、一年間共に過ごしたこともあり、軍に入ってからも面倒を見てくれた。長官となってからも、ムラト大将はじめ先輩にあたる中将達が確りサポートしてくれている。困ることは何もなかった。
「留守中、お手数をかけました」
「水臭いことを言うな。帝国はどうだった?」
「賑やかで良いところでしたよ。それに海も見ることが出来た」
「生まれて初めての海だったか。確か」
「ええ。港町というのも初めてでしたよ。見たこともない物が溢れていました。尤もそうしたものは随分な高値でしたが」
「南方の物産は海を通してしか手に入らないからな。それだけ高く売れる」
「此方は如何でした? 特に異常は無かったと、先程ラフィー准将から聞きましたが」
「異常は無いが、長官が内偵に出向くなど前代未聞だとあらゆる方面から苦情が来た。マームーン大将からも連絡が入って、お前の代わりに説教を受けておいたぞ」
 ムラト大将は苦笑混じりにその時のことを語ってくれた。内偵役に名乗りを挙げた当初は、ムラト大将も反対した。立場を考えれば当然のことかもしれないが、どうしても帝国の内情をこの眼で見ておきたかった。最後には俺の性格を知っているムラト大将が折れて、軍部内には伏せたままで俺を出立させてくれた。それが上層部に漏れたのだろう。
「まあ、それは想定内のことだから構わないが……。ひとつ重要事項がある」
 ムラト大将は机の引き出しの中から、数枚の書類を取り出した。
「外交部から極秘で書類が回って来た。仮に他国から侵略を受けたとしても、アジア連邦からの協力を仰げそうだ」
 手渡された書類には、会議で決められたことが箇条書きに記されていた。体制が移行している最中に侵略を受けても、アジア連邦が援軍として駆けつけてくれるとある。軍備に必要な費用の大部分は此方が負担しなければならないが、それは想定内のものであるし、何よりも軍事力では北アメリカ合衆国に次ぐアジア連邦が軍を派遣してくれるとなると心強い。尤も新ローマ帝国に攻め込まれたら、アジア連邦と手を取り合っても適わないかもしれないが。
「此方の計画通りに事は進んでいるようですね」
「ああ。それから三枚目の書類に書いてあるが、この件で外交部の者と一緒に近々アジア連邦に赴くことになる。同盟の内容について詳細な協議に入るためにな。で、国際会議が再来週だっただろう?」
 今回の国際会議は各国の軍備についてのもので、軍に関する全権者として俺が出席する予定になっていた。
「……そうですね。アジア連邦との協議は私が赴きますので、国際会議への出席を頼めますか?」
作品名:新世界 作家名:常磐