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世界の彼方のIF

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赤い星


「すごい! 本当に見渡すかぎりの荒野だ!」
 おれは今、火星にいる。念願、叶ったり。初の星間一人旅の真っ最中。
 やっぱ本物は格別だよな。分厚いヘルメットと宇宙服姿でも、空の高さや大気の濃さまで伝わってくる。ヴァーチャル・ラボでの疑似体験とは確実に違う存在感。
 ゆっくりと身をかがめ、小さな土塊を手に取った。火星と呼ばれる所以、見事なまでに赤い酸化鉄の塊だ。
 なんて綺麗なんだろう。記念に持って帰りたい。旅行契約規定で禁じられてるのが残念でならなかった。ひとつまみでも隠し持ってるのがバレると、殺人罪並みの刑罰に処されてしまうのだ。
 数年前、それが原因で流刑星送りになった男がいた。惑星地質研究学者に高値で売りつけようとしていた土塊が、出入星管理局の持ち物検査で見つかってしまったのだ。男は火星の宙港から流刑星へと強制送還されるに至った。
 規則を破ったのはマズい行為だけどさ、土塊はすべて返したんだし。地球(ふるさと)に戻ることも許されず、裁判を経ることもなく、即刑地送還ってのは、いささか厳し過ぎやしないだろうか。
 そんなことを考えながら、おれはもう少し散策を続けることにした。
 地球で拝むことのできない光景のひとつに“地平線”がある。どこを見渡しても巨大ビル群、昼でも空は仄暗いのだから。加えてあの人口密度。両手を広げてムービングロードを歩くことも、ままならない。走ることは夢のまた夢だった。
 おれは、生まれて初めての開放感に酔いながら、動きにくい宇宙服も何のその、腕を振り回し“気分的疾走”(地球の三分の一の重力なので、地に足つけて走るのは無理)を満喫したのだった。

 あっという間の最終日を迎える。
 写真もいっぱい撮ったし(まぁ、どれも変化はないけど)、砂嵐の音も録音した。素手でつかんだものではないけれど、火星産『岩石詰め合わせセット』なんてのも購入した。
 ただひとつ心残りなのは、衛星が見られなかったことだ。フォボスもダイモスも一度も。地球でいう新月の時期らしい。火星旅行の場合、滞在期間は必ず一泊二日で、許可されてる四時間の外出時は、新月に重なるよう組まれていた。
 火星に来たって実感は、あのふたつの衛星を見ることにあるんだけどなぁ。安くはない航行費用を思うと、かなり損をしてる気分。
 地球帰還便に乗り込んでのち、ちょっとしたアクシデントがあった。船内の重力変換装置に異常が見つかり、精密調査のため、出発が六時間ほど延びるとのこと。乗客はみな、睡眠カプセルの中で過ごすよう指示された。重力装置が正常に機能しないうちは、船内をうろつくことはおろか、客席に座っていることも危険なのだとか。
 次はもうないかもしれない――貯金をすべて、はたいて来たのだから。船の中でも、ここは火星。窓からの景色だけでも眺めていたいって思うのは、当然の心理だよな?
 おれは、そろりとカプセルを抜け出た。
作品名:世界の彼方のIF 作家名:夏生由貴