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ワンルーム☆パラダイス

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(4) 201+204 不器用な君の好き



未来永劫続くかと思われたてろりすととその師匠一派による道幅不法占拠であったが、
――そうだ先生今日の哀しいダジャレシリーズの総括して下さいよ、かせっとてーぷにログ録ってあるんで、
連中が階下にショバを移してくれたおかげでようやく解除となった。
一秒千秋の思いに廊下を跳ねて少年はおじさんの部屋の前に辿り着く。
「……、」
一呼吸おいてドアを叩こうとしたそのとき、
「――やぁ、」
中から勝手に戸が開いてグラサンおじさんが顔を覗かせた。――すわニュー○イプ覚醒かっ?! 少年は浮足立ったが、よくよく見るとおじさんは半纏の袖に年季の入ったプラスチックの湯桶を抱えている。
「おっ、お風呂ですか」
メガネの縁に手をやり、平静を装って少年は訊ねた。
「ウンそーだよ、」
――君も行くかい? 戸締りを確認しながら何気なくおじさんが言った。
「ハイッ!」
先に廊下を駆け出した少年があまりに浮かれている様子なので、
「?」
後ろを行きながらおじさんは心持ち半纏の肩を竦めた。
今日のように、いつ何時銭湯に出かけるおじさんに遭遇しないとも限らない、いちいち戻らなくてもいいように、少年のお風呂セットは自室でなく共同玄関の下駄箱の中に突っ込んである。――戦闘準備は万全さ! 銭湯だけにね!! って、どーしてもコレ言いたかったわりに結構どーでもよかったかもな。
「下駄箱の中にお風呂セットって……何かヤじゃないかい?」
桶を抱えて建て付けの悪い引き戸を強引に閉めていた少年におじさんが言った。
「えっ?」
少年は振り向いた。
「……いや、シンちゃんが気にならないなら別にいいんだ、」
おじさんはグラサンに手をやって、髭面を微妙に引き攣らせている。少年はくすりと肩を揺らした。
「マ夕゛オさんて、そういうとこイガイに潔癖ですよね、」
「そーかい?」
――別にフツーだと思うがなぁ、玄関を出て草履履きに中庭の小道を行きながら、おじさんは首を傾けている。かと思えば外の公園でもフツーに生活できちゃうし、……たくましいというか、きっと適応力があるんですね!
とにかくいまの少年の目にはおじさんの何もかもが好もしく映るらしい、そこがビョーキのビョーキたる所以であるわけだが。何のビョーキってもちろん恋のビョーキですよ! ハイ今日どーしても言いたかったわりにどーでも発言パート2。
「なぁに、あれはキャンプみたいなもんだと思えばいーのさ、」
アパートの外の通りを歩きながらおじさんが言った。
「マ夕゛オさんと公園で毎日キャンプかぁ……楽しそうですね!」
メガネを輝かせて少年は言った。本気の眼だった。おじさんはやや髭面を曇らせた。
「おいおい、私は当分青空キャンプ生活は遠慮したいよ、」
「じゃあ、アパートの庭にテント張って一日キャンプやりましょうかっ!?」
勢い込んで少年が提案した。おじさんは苦笑した。
「そんなにキャンプやりたいかい? ……でもな、庭でバーベキューなんかしたらきっと大家さんに叱られるだろうな」
「大丈夫です! 僕が皆に根回しして、大家さんの許可貰っときますから!」
「……。」
おじさんはグラサンの下に目を細めて少年を見た。例え実現しなくて、あれやこれやと夢想を巡らせる、そういう時間が何よりいちばん楽しい時期なのだ、かつておじさんがまだおじさんじゃなかった頃のおじさんをしみじみ思い返しておじさんは目元がちょっとうるっとした。
歩いて四、五分の距離の銭湯に着いて、少年とおじさんはメガネ湯とグラサン湯に分かれてのれんをくぐった。
「……先に上がったら待ってますね、」
少年は言った。
「慌てなくてもゆっくりでいいよ」
おじさんが返した。はっきりとは言わなかったけど、――遅くなっても待ってるよ、そう言ってくれたのと同じだ、少年はこそばゆい気分のまま番台に料金を支払い、ロッカーに荷物を預けて浴室の戸を開けた。
さすが、メガネ湯というだけあって、風呂場にいる全員がメガネをかけている。この中に混ざったら僕なんかモブと見分けがつかなくなっちゃうな、――いやでもきっとマ夕゛オさんならモザイク張りの床のタイルの一枚からでも僕を見つけてくれるはず、頭と身体とメガネを洗って湯に浸かり、ぼんやり考え事をしていたら少々のぼせてしまったらしい、冷たい水で熱りを覚まして急いで着替えて外に出て、マ夕゛オさんはもうグラサン湯の下で桶を抱えて待っていた。
「大丈夫かい?」
目を上げて少年の顔を見るなりおじさんが言った。
「なんだか顔が赤いみたいだけど」
「――大丈夫です、」
またなんか、顔が熱くなったみたいだと思いながら少年は返した。
「これ、」
おじさんが桶の中から瓶入りのフルーツ牛乳を取り出した。
「少しぬるくなってるかもしれないけど」
髭面に恐縮気味の微笑を浮かべておじさんは言った。
「……あんまり冷たいと喉がキンキンしちゃいますからね、」
少年は礼を言って瓶を受け取った。何も飲んでいないのに、勝手に喉がきゅぅぅと締め付けられる感じがした。――おかしいや、それに少し泣きそうなのだ、ふらふら耳鳴りまでしそうなのを少年は唾を飲み込んで耐えた。