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みっふー♪
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ワンルーム☆パラダイス

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(5) 101+102 哀愁のマチエール



「……グラ子、おまえ昼間面白いこと言ってただろ、」
アトリエでキャンバスの上に小気味良く筆を走らせていた兄が言った。
「んあ?」
広げた青いビニールシートの上に座り込んで没頭していた作業の手を止めて、すこんぶボーをちゅーちゅーしていた妹がおだんご頭を振り向いた。
「――、」
一滴たりとも中身を余さず、真空状態まで吸い上げたビニールパックから口を離して少女が言った。
「濡れ烏を抱いて微笑む暗黒美少女像のこと?」
「違うよ、」
おさげを揺らして兄が笑った、「そりゃ作品タイトルだろ、そのあとでさ、」
「――ああ、」
粘土まみれの顔で少女は頷いた。
「ナウでヤングでまくどなるどなぜずぷりごーるどね、」
「そうそれさ!」
にっこり笑って兄が言った。
「どうだろう、誰の作品がいちばんナウでヤングでまくどなるどでぜすぷりごーるどか、三人で競作するってのは!」
イーゼルの前の丸椅子から立ち上がって、兄は油絵具に汚れたスモックの腕を空に差し伸べた。
「なるほど、面白そうアル!」
少女も身を乗り出した。
「――ただいまーー」
と、そこへ部屋の主の世紀末おじさんが帰って来た。
「おかえりー!」
さも当たり前の顔をして兄妹はおじさんを迎えた。
「……。」
子供相手の引率でさすがにお疲れの様子だったが、他人の部屋を“あとりえ”と称して入り浸るふたりを見ても、おじさんはまるで嫌な顔ひとつしない。それどころか、
「楽しそうですね、何の話をしてたんですか」
玄関脇に追いやられた自スペースに荷物を下ろしながらおじさんが訊ねた。兄は得意げに言った。
「三人で競作をやろうって話してたのさ、テーマは“ナウでヤングでまくどなるどなぜすぷりごーるど”!」
「私が考えたアルよ!」
――えっへん! 少女は胸を張った。
「それは……、――面白そうですね」
流しの明かりをつけ、コンロにガラスポットをかけながらおじさんは静かに言った。「私も何か描いてみますよ」
「よしじゃあ、せっかくだから出来上がるまで作業は別々にやろう!」
兄が提案した。部屋を埋め尽くしたビニールシートの上にばらけた荷物をまとめるふりで、兄妹がちらとおじさんの方を見た。おじさんはハハハとボヘミアンヘアを掻いた。
「……ちょっと忘れ物しちゃってね、お茶飲んだら私はすぐ教室戻りますから、」
――このままここで続けてて下さい、おじさんは言った。
「そうか?」
「悪いアルな、」
すでにどっかとそれぞれの陣地に腰を据えながら兄妹が言った。おじさんは玄関横に立てかけてあった寝袋を目の端に確認した。
「……そーだなぁぁ、そのまま向こうで仮眠して現場に出るから、帰りは朝方になるかなぁ、」
「おるすばんならまかせてヨ!」
一切の邪気を廃した満面の笑顔に少女が言った。「だからあんしんしておしごとして来てね!」
「……。」
――たすかります、ごく小さなため息まじり、口の中でおじさんは呟いた。
「お茶、何にしますか?」
気を取り直すように、努めて明るい声におじさんは訊ねた。
「俺せっちゅうにんじんフレッシュ!」
兄が即答した。
「私すこんぶラテ!」
妹が手を上げた。
「……。」
兄妹に背を向けたおじさんは肩を震わせ、口元にふっとニヒルな笑みを浮かべると、カチリとコンロの火を止めた。
「それじゃ、ちょっとコンビニ行ってきますね、」
途端に怒涛のリクエストが殺到した。少し前に差し入れのサンドウィッチを完食したばかりだが、そんな程度で満たされるほど彼らの胃袋はヤワじゃない。
「だったらすこんぶちっぷすとすこんぶ蒸しパン店にあるだけ買ってきて! あとすこんぶちろるも残り1けーすしかないしぃ……」
「俺冷麺と担担麺とタンメンとバーニャカウダとガ口とびじつ手帳と、……そーだついでにガス代払っといてくんない? あとで返すからさ、」
何食わぬ顔で兄が言った。そうしてもう何カ月分、阿部勉という偽名を使った画塾の契約講師と肉体労働のバイト掛け持ちで、自分が彼らの家賃から光熱費から何から何まで立て替えているのやら、おじさんはとうに考えることをやめていた。通信状態が悪いのか、何度本部に催促しても資金も物資も一向に届かない。いま自分が彼らを養うことをやめたら、連中のことだ、腹を空かせて見境なしに大暴れするに違いない。時間と費用を積み上げて秘密裏に進めてきた惑星アート補完計画も水泡と帰すだろう。
「……じゃあ行ってきます、」
財布を持っておじさんは部屋を出た。共同玄関のポストを覗いて、突っ込まれたままになっていた請求書の束をまとめて掴み出す。
マントの裾をはためかせ、庭の小路を行きながら、紺地の空にぽっかり浮かんだ黄味色のまんまるボウロを眺めておじさんはブルースハープ片手に遠い故郷のうたを一節奏でた。
昼間からずっとお昼寝中だったわんこは、おじさんのシブい子守唄を聴きながら、わんこハウスでそのまますやすや夜寝に移行している。


+++++《FIN》