Secret Garden
ようやく、話がついたのだ。ようやく、手に入れることを許されたのだ。
やがて、トンネルが見えてくる。誰も知らないトンネルは、大昔からただ存在するためだけに存在しているかのような自然さで、しかし入るものを選んでいた。
やっと……、
「ああ」
視界が晴れる。景色が広がる。
トンネルを抜けると、そこは栽培場だった。
ら……らら…
不思議の国のアリスの世界に迷い込んだようだ。イギリス、とにかく西洋の庭園。
白い噴水から清らな水が流れている。色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。
……らら……ららら、
広大な庭のそこかしこで、少女が歌っている。
一卵性双生児と言うよりは、クローンだった。みんなが同じ顔、同じ肢体をして、声まで全く同じだ。
切り揃えられた前髪。背中の半分までを覆う豊かな黒髪が、肌の白さを引き立てている。濡れたような瞳はつぶらで、感情などこもっていないはずなのに、見上げられるとぞくぞくした。
唇が、薔薇に勝るとも劣らない赤を見せつけている。何と美しいのだろう!
らら……ら…、ららら、ら……
少女が歌う。少女達が、歌う。
転がる鈴よりも澄んだ声は、薄荷飴のようなひんやりとした涼しさに満ちている。それでいて、飴よりもずっと甘く、耳に残る。
ら、らら……らららら…
やがて美貌の青年が、巨大な鋏を両手にやってきた。初見ならば少女達の肉親と判断するだろう、白い肌、そして、赤い唇。
「ああ、お客さん。ちょうど良い時期に来られましたね」
青年は似合わない格好をしていた。全くもって彼には似合わない。ブルー・ジーンズのオーバーオールに麦わら帽子という出で立ちは、この倒錯的な楽園には不似合いだった。
「入金を確認いたしました。確かに、いただきましたよ」
「ああ、ああ。この時をどんなにか待ち望んでいただろう」
「もちろんですとも。私の庭にいらっしゃる方々は、気も狂わんばかりです。……ですが、まだ早い。今狂ってしまっては、もったいありません。時間はたっぷりとあります。陽が沈むまで、どうぞ自慢の庭を堪能して下さい。それから……そう、その後でなら、存分に、狂ってしまっても構いませんよ」
私は何度も頷いた。
くるくると回りながら歌う少女達の隙間を縫って、“運命”を探した。
「おお…」
数十分ほど同じ場所を回って、私はとうとう見つけた。
「これだ。私の探していたのは、これなんだ。お願いです。これを、私に――」
「間違いありませんか? これが確かに、あなたの…」
「ええ、ええ。間違いない。絶対、これなんだ。おお、どうか焦らさないで下さい。私は今日のこの日のためだけに、生きてきたんだ」
「そうでしょうとも。それでは、よろしいですか?」
青年は、両手に持っていた大きな鋏を広げた。
「私はね、いつも、この時が幸せなんです。手塩にかけて育てた娘達が、美しさの盛りに、永遠を手に入れるこの瞬間――」
うっとりとした表情で、青年は呟くように、歌うように言った。
ら……、ららら…
私の目の前で、少女が歌っている。
……ジャキン! 大鋏の刃が閉じた。
両の足首を切られた少女は、私の胸へと飛び込む形で倒れた。
らら…ら……
……ら! ららら…、
らららら……ら!
ら! らら! らら、ら!
少女達が揺らめいた。風が吹いたように、ゆらり、ゆらり、歌いながら揺れた。
足が土の中に埋まっているから歩いてこちらに向かってくることはないのだが、いっせいに私達の方を見つめるものだから、さすがに気持ちが悪くなって身じろぎをしてしまう。
「共鳴ですよ。同種同類が傷つけられると、本能で危険を察知するのです。……大丈夫、メールでお伝えしたように正しい処置を取れば、すぐに新しい足が生えてきます。一度きり、こうして足を切ってしまえば、この少女はもう“成長”しません。枯らさない限り、永遠なのです」
私は腕の中にしっかりと抱き込んだ少女を見つめた。
「鑑賞してよし、その身体を愛でてよし。どうしても飽きてしまわれたのなら食用にしてもいいでしょう。極上のジャムが出来ますよ? 根気よく煮詰めなければなりませんけどね」
体が震えてくる。何年も、何年も前から求めた少女が、今、私の腕の中にいるのだ。
金も時間も注ぎ込んだ。私の人生すら、この少女を手に入れるためだけにあった。
「それでは…、まだ陽が沈むまで時間がありますから。実は先月の売れ残りを処分したのです。味わっていってはくれませんか? それはそれは甘いジャムと、おいしいベーコンなんです。焼いたばかりのスコーンもありますし」
「ああ。ああ、いただくよ。この素晴らしい時間を、少しだって無駄にはしたくない」
「そうでしょうとも。ああ、あなたは素晴らしい客人だ。心からおもてなしさせていただきますよ。さ、こちらです。どうぞ…」
青年に導かれるままに、私は庭の奥へと進んでいく。
腕の中で、私の選んだ運命の少女が、再び歌いだしていた。
ら……らら…
……らら……ららら、
らら……ら…、ららら、ら……
――ここは秘密の庭。少女の咲く薔薇の庭。
その美しさに狂った男が、今日も一人、迷い込む。
ら、らら……らららら…
秘密の庭に、少女の歌声が響き続ける…。
− Fin −
作品名:Secret Garden 作家名:覇王



