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人魚

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11th day[friday]:so much for my happy ending



「よかったな」

 他人が喋っているような気さえした。だが、言葉を発しているのは確かに自分だった。どこか現実感が薄くて、というか、貧血でも起こしているような感じがして、足元が覚束なかった。
 男は―――最初きっと、ありがとう、とかなんとか言おうとしたのだと思う。
 しかし、その顔は口を開けたまま驚きの表情に変わり、次いで、心配そうなものになった。
 こんな男に心配されるようじゃオレもとうとうヤキが回ったか。
 そう笑い飛ばせたらよかった。だがやっぱりそうはできなくて、ただ、きっと揺らいでいるのだろう瞳を隠すのに精一杯だった。早く普段のような小憎らしい笑みを浮かべて、早くこの場から立ち去らなくてはいけない。
 はやく。いますぐに。
「…鋼の?」
 たまに鈍い男は、軽く背を丸めるようにして身を屈め、俯き加減の少年の顔を覗きこもうとする。そして、存外に優しい声で乞う。顔を見せなさい、と。
「…あ、オレ、ちょっと用事あるし。身支度しないと。ほ、ほらあんたも元に戻ったし、オレもう行かなくちゃいけないし」
 しかし、少年―――エドワードは慌てたように早口でまくし立てると、じゃあな、といささか乱暴に言い捨てて、今度こそ部屋を出て行ってしまう。それをきもち呆然として見送りながら、男は無意識に手を伸ばしていた。
「――――――」
 実際、彼は呆然としていた。動揺してもいた。
 胸を衝かれたのだ、あの、切なげな色に。ひどく傷ついたような、今にも泣き出しそうな、彼の表情に。
 …あんな顔をするようになったなんて。
 いつまでも小さい小さいと思っていたのに、あんな、大人のような。
 あんな目で、自分を見るだなんて。


 …初めに説明された時、ロイは呆然とした。
 自分が演習中のミスによって起こった事故からエドワードをかばって、およそ十日ほども記憶を喪っていたこと。その間、自分が錬金術師だということはなぜか覚えていたロイに、少年が護衛兼看護役としてそばについていてくれたということ。記憶が戻ったのは、変質者の闖入から少年をかばったことによるものらしいこと―――。
 ロイが受けた説明の中からは、演習中の事故ではなく、それを装ったエゴン中佐のロイ暗殺未遂であったこと、やってきたの変質者ではなく、精神に異常をきたした元中佐本人であり、軍病院の隔離棟から抜け出してきての異常な行動である、という部分は省かれていた。無論、意図してのことである。
 普段のロイなら、そんなばかな一笑にふしただろう。
 だが、どうやら記憶の切り替わった時点のことはいずれも曖昧らしく、珍しく、言われたことを疑いなく信じている様子だった。何しろ彼は、自分でこっぴどく袋叩きにした相手がエゴンだということさえ覚えていなかったのだ。
 はっきりとは確認できぬまでも、ロイに記憶が戻ったことを覚ったエドワードは、茫然自失から立ち直ると、すぐに司令部へ連絡を取った。ちょうど警邏中だったハボック少尉が、無線を受けて現場に急行した。そして、駆けつけたハボックに、ロイは不思議そうな顔をして。それから小首を傾げて、暢気にもこう問うたのだ。
「…私はここで何をしていたんだ?」
 すべてを説明されずとも、すぐにわかった。これが「ロイ」だということは。
 ハボックは一瞬迷ったけれども、説明はのちほどと早口に言うと、エドワードともども司令部へ直行。連絡を受けた医師がやってきて診断するまでの間、エドワードから状況の説明を受けた。…その時の少年の顔色がすこぶる悪く、紙のように白かったことから、ハボックは少なからず心配したが…、解決などできるわけがなかった。エドワードが何にショックを受けているのかも、絞れなかったのだから。
 仕方ないので、まさか見当違いだろうとは思ったが、以前は伏せておいた例の事件の真相を説明した。その夜の異常者も、事故を起こした元中佐その人であるのだと。ハボックの独断ではあったが、彼にも知る権利があると思ってのことだった。多少は、話して楽になってしまいたい気持ちがあったことも否めなかったが。
 エドワードも、その事情にはいくらか驚いたようで、目を瞠って聞いていた。しかし、聞き終えるとなんともいえない顔で苦笑していた。その表情で、ハボックは、やはり自分の見当違いだったことを知った。
 それからハボックは、礼を言いたいという上司の前まで少年を案内した。その時ブレダがなぜかなんとも苦い表情をしていたのが何となく彼の印象に残った。

 そして、世話になった、と礼を言うロイと、その謝礼をうけるエドワード。
 その表情がどんな風だったかは、残念ながらハボックは知らない。彼は部屋の外に控えていたからだ。彼は、顔色悪く出てきた少年の様子しか知らない。どこかで倒れるんじゃないか、と思わず手を伸ばしそうになった、その自分の心しか、彼の記憶には残らなかった。
「…大将、…顔色よくなかったすね」
 遠慮がちに上司に確かめたところ、彼もまたどこか呆然とした顔でいた。大佐、と呼ばわれば、どこか上の空のような調子だった。
「…ハボック」
 確かに、ロイはかなり呆然としていた。いや、衝撃を受けていたのだ。エドワードの切なげな表情に。
「はい?」
「………鋼のは……」
「大将は?」
「…………、…いや、…なんでもない」
 ロイは、散々考えたのだろう言葉の後、腕を組んで重々しくそう答えた。ハボックは何も言わずに頭を下げた。
 いずれにせよ、めでたいことには違いない。ロイの記憶が戻ったのだから。―――いいことなのだと、思わなければならないだろう。


 …どうやって歩いたのかよく思い出せなかった。
 努めて平静を装ってはいたが、どこかでぼろを出していなかったかどうかについては、もう、祈るしかない。
 …気がついたら、エドワードはあの家の前にいた。
 何の変哲もない民家。軍が秘密裏に動く時に使われる、民家を装った建物の一つ。ホークアイ中尉は言っていた。「軍の考えというより半分は大佐のお考えね」と半分呆れた調子で。
「それがこうして役に立つのだから、…予知能力でもあるんじゃないかしらと疑いたくなるわ」
 彼女はあの時疲れたように、だが確かにうっすらと笑いながらそう言っていた。だから、少年も冗談のように笑いながら返したのだ。
「ああ、…サボりの成功率が高いのもそういうわけ?」
 今どこにいけば安全にかつ悠々と自由時間を満喫できるか―――その選定を行う勘が素晴らしくいい彼のことを揶揄して、エドワードも笑った。
 …先週の話だ。
 あの頃と今でさえ、思考は同一ではない。だがひとつだけ、変わらないどころか悪化した想い。
 彼の記憶が戻らなければ、ずっと一緒にいられたのかと。
 浮かんだ問いは、少年の心を色々な意味で抉った。弟の顔や、…あの晩の母の様子や、故郷の幼馴染一家、師匠とその家族、出会った人、よくしてくれた人、…そして彼の顔がぐるぐるとよみがえる。思い浮かべる彼らはけしてエドワードを責めない。だがそれこそが最大の責めだった。
「………今日だけだ」
 ぽつり、言葉が落ちた。
 それが、彼が自分に許した最後にして最大限の弱さだった。
作品名:人魚 作家名:スサ