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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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金色の鷲子


鈴と鷹 明暦二年(一六五六年)秋 英彦山


 やみくもに振り回した源四郎の剣が辛うじて刺客の一人を斬り斃した。しかし、まだ六人が槍を構えている。六対三になった。藩内にある宝蔵院流神谷道場の道場主とその門弟達である。刺客の業前が並ではないことを戸田源四郎も知っていた。
 同志のひとりが追手を防ぎ、「主命である。我等に構わず、行けっ!」と叫んだ。
 源四郎は、右腕に受けた槍傷をそのままに駆け抜けようと試みた。それを阻止しようと三本の槍がすかさず突き出される。即座に体を張り庇った別の朋輩が二本の槍を躱せず断末魔の叫びを上げて事切れた。それでも源四郎は振り返らずに走る。
 豊前茂林藩で起こった変事を藩庁である小倉城へ伝えるために城主小笠原嘉昭から託された密書を襟に縫い込んだ小姓頭戸田源四郎は、信頼できる小納戸役二名と紅葉した英彦山越えを敢行した。言うに及ばず、源四郎一行に周囲の景色を眺める余裕などない。明媚な眺望を持つ英彦山は羽黒山、熊野大峰山とともに山伏の日本三大修験山に数えられる険峻幽玄な山である。秘密裏に藩を抜け出し痕跡を残さぬようあえて険阻な英彦山越えを選んだ源四郎であったが、昼を過ぎて、家老派から大量に放たれた刺客の一派に追いつかれた。鷹ノ巣山を右手に見て薬師峠に入ろうとした矢先である。図らずも藩内最高の使い手である神谷忠左衛門とその門弟であった。源四郎も小納戸役の二人も剣術の技量は神谷忠左衛門には及ばない。だが、ここで死ぬわけにはいかなかった。気を奮い立たせて剣を抜いたのだった。
 行き詰った藩政の改革を推し進めようと奮起する若い殿を、筆頭家老衛藤陣太夫を中心に狡猾な重臣連中は腕力強健な者を側に控えさせ取り囲んだ。
「お身持ち良ろしからず、暫くお慎みあるべし」
 陣太夫のその一言で刀を取り上げるや座敷牢へ強制的に監禁してしまったのだ。藩主嘉昭は、自ら率先して倹約を実行し、領民には年貢の税率を引き下げ、分割納入を認める代わりに完納を求める藩令を出そうとしていた。また、藩行政の効率化を進めて領民を苦しめる不正な役人や無能な上役を更迭しようとしたことに、既得権を守ろうとする反対派が牙をむいた。
 慌てて駆け付けた戸田源四郎は、座敷牢の中から秘密裏に袂の中へ藩主の書いた書状を押し込められた。嘉昭を信じて茂林藩主に推挙してくれた伯父の小倉城主小笠原忠真へ宛てられたものである。
 獣道からも逸れた源四郎は、転げ落ちるように山林の中へ分け行く。だが同行者を刺殺した刺客等から、源四郎は執拗に追われ続けた。
 隠れ里に住む仙吉とお絹の夫婦が、十四歳になったばかりの娘、鈴を伴って畑から帰る途中に源四郎に遭遇したのは、不幸というより他になかったかもしれない。
 崖の上から落ちて来た血塗れの侍に夫婦は腰を抜かした。
「小倉の殿に……渡してくだされ」
 逃げている間に背中も大きく斬られていた。死期を悟った源四郎は、藁にもすがる思いで、見知らぬ農夫に書状と金子を差し出した。驚いた仙吉は、その手を払い退け後退りした。お絹もお鈴を庇うようにして後ろへ下がる。だが、下がりながらも、さらに突き出された書状をお鈴が素早く掴んだ。何も考えず、反射的に目の前に差し出されたものに手を出しただけのことである。お絹は捨てさせようとお鈴の腕を掴んだが、娘は意固地になって両手でしっかりと書状を抱え込んだ。
 風を斬る音が聞こえた。
 鈴の目の前で、源四郎の背中から矢が貫いた。源四郎の苦悶の表情に怖気づく親子の前へ、六人の侍が崖から滑り落ちて来る。一番先に降りて来た侍が鬼の形相で源四郎の背中へ槍を突き立て、止めを刺した。
「ひっ………」
 息を呑んだ仙吉が、鎌を胸の前に構えて思わず妻と娘を守ろうと体を楯にしたことが殺気走った男達の前で仇になった。それでなくても既に三人を殺したばかりで、感情は尋常でない。六人の刺客は命乞いする農婦など人とも思わぬ態で、たちどころに槍を突き出した。
「お父っぁん!」
 鈴の悲痛な声が山に木霊する。
 刺客等は素早く絶命した仙吉夫婦の懐や袂を探ったが、すぐに鈴の手にする血塗れの密書に気付いた。
「おっ母ァ……」
 お鈴は母親に駆け寄りたくとも、血の滴る槍を携えた侍達に阻まれて、動けずにいる。口の中が乾いて声が震えた。
「娘、それを出せ。命までは取らぬ」
 顎鬚を蓄えた厳つい四十前の男がわざと寛大さを見せる口辺だけを歪めた笑いで、お鈴に手を差し出した。神谷忠左衛門である。まだ少女の様な娘を殺すことを憚ったのかもしれない。だが、密書を背中に隠し、恐怖に震えながら無言で首を振る鈴を見て、忠左衛門の表情が豹変した。すぐに一番歳若い侍に顎をしゃくって「殺せ」と命じた。
 若い男は渋々進み出ると、殊更に槍を振り回し、お鈴を威嚇した。この男も内心少女に手をかけたくないのであろう。
 鈴は、頭の中が真っ白になり、腰から下の力が抜けて行くのを感じた。同じ山に住む歳の近い猟師の子等と喧嘩しても負けたことのない気丈な鈴であったが、足が地面に埋め込まれたように動けない。また、逃げようにも周りに槍を持った侍達が囲っているのだ。鈴の命は風前の灯火であった。
 焦れた忠左衛門が「早くしろ!」と大声で急かす。意を決した若侍が、甲高い気合を上げて、槍を突き出すために一旦引いた。
 瞬間、激しく山が揺れ、大量の黄色く色づいたブナの葉とドングリが渦巻きながら刺客を襲った。それに小型だが時々火焔弾も飛んでくる。激烈な風に運ばれる先の尖ったドングリの実は思いの外痛く、目を開けていることも立っていることもできずその場に伏すしかなかった。しかし、火焔珠がどこに飛んでくるかわからずじっとしてはいられない。しかし、それ以上に彼らの心胆を寒からしめているのは経験したこともない不可思議な天変地異である。
「英彦山が怒っているのか?」
 鈴に槍を向けた若者は、罪のない山の民をはずみで殺したことに自責し、天罰かと胴振いが止まらなかった。他の侍達も同様に怖気づいている。
「丹田に力を入れよ。皆も刮目せよ!」
 怪異な風の奥に僅かな虚弱さを見破った忠左衛門が裂帛の気合で愛用の十文字槍を振り回すと、その迫力に圧倒されたのか風が止まった。ただの腕自慢ではない強さが男の体から放散されている。忠左衛門は、そのまま気配のする方へ向かって迅速の速さで槍を突き出した。穂先が岩肌を砕いて火花が散った。その下には鈴を庇って猟師姿の少年が恐怖に震えている。が、その足の竦んだ少年は隙をついて鈴を抱いたまま刺客等の五間後ろまで一気に低く跳躍した。お鈴を抱いていなければもっと高く跳べそうである。明らかにその小童の身体能力は人智を超えていた。呆気に取られた刺客等であったが、道場主の忠左衛門に叱咤され、すぐに槍を構え直すと二人の元へ駆けた。また、その少年は地面を蹴った。一人の刺客が投げた槍が足に絡んで今度は三間ほどしか逃げることができなかった。
「こわっぱ、何者じゃ!」
 槍の穂先に囲まれて逃げ場を失った二人は、恐怖に口を合わせられず強く抱き合い震えている。
「さ、命までは取らぬと申したではないか。拙者は嘘など吐かぬ。その手紙を我等に渡せ」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介