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佐崎 三郎
佐崎 三郎
novelistID. 27916
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老人と品(ひん)

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「ごにょごにょごにょ」
ワタシの左横から何やら声らしきものが聞えた気がした。
「ごにょごにょごにょ」
ワタシは音のするほうを振り向いた。テーブルの上のパソコンや資料を片付けていたのでその流れの中で。すると隣で本を読んだりメールを打っていた老人がこちらを向いて口を動かしているのだった。

この老人(男性)は和服をしっかり着こみ、禿げ上がった頭に微かに髪が載っている体格のいい身なりをし、しっかりした足並みで抹茶ラテのグラスと巾着を持ってワタシの隣に座ったことは分かっていた。ワタシ喫茶店ではたいがい耳栓をしている。雑音を遮断しないと作業が進まないからだ。30分ぐらいパソコンの前でパチパチし、待ち合わせの時間が近づいたので片づけて席を立とうとしている時に「ごにょごにょ」が来たのだ。それは唐突だった。 と同時に対面の椅子に置いてあった老人の鞄が、ワタシも使っている100円ショップで買ったものと同じ紫と白のデザインだったので驚いた。

左右の耳栓を一つずつ引き抜きながら、老人のほうを向き、えっ何ですかと言った。
「午後のテレビ観ましたか?」
「テレビですか?」
「午後のテレビ観ましたか?」
「観てないです。」
「もう日本はとうとうここまで来たという感じですね。」
ワタシはその皺だらけで入れ歯だろう老人の口から想像以上のはっきりした意見を聞かされたので、驚きながら戸惑って、少し警戒していた気持ちから彼の言わんとする言葉の意味を瞬間的に推し量り、ああこれは今日のニュースの、不信任案決議の結果を嘆いているんだなと察した。

「またやるんですよね。」
「ずるカンなんですよ。彼はね。もう品ってものがない。昔はあったはずでね。」
「吉田さんとかですかね。」
「戦争で負けてね、私らはがれきの中で頑張れたのも、国のね、国の方針が守られて、品を守っていたんですよ。それがカンにはないんだよ。」

ワタシに彼はとめどなく話した。孔子の話から、その教えを守った日本の政治家の歴史を。そして今の政権の姿を嘆いていた。おそらく80歳は越えているだろうか。テーブルに開いてあった分厚い単行本の見出しには「五・一五事件の真相」とあった。歴史書でも読んでいたのか。彼の頭の中は過去の記憶が幾重にもスクリーンに映し出され、体験し経験した長い時間を今現在の状況とを比較し、そして家のテレビで観たばかりの情報をもってここへきたのだ。

かっこうの餌食がワタシだった。ワタシは向かわねばならぬ時間を気にしながらも、この老人としばらく話そうと思った。ワタシが生まれた時には祖父も祖母も亡くなっていたので、こうして話を聞く機会が全くなかった。そして父母もすでにいず、戦争体験や戦後の苦しさやその復興の流れを聞けずに終わったのだ。

東日本の震災は関東大震災や戦後の瓦礫の山と重なり、そしてそれに対処する政治家を厳しい目で批評していたのだ。誰かに言いたい。そこでワタシが選ばれたのだ。彼の話を聞きつつ、ワタシはもう日本は終わると思った。彼が言うのだから日本はやばいどころではないのだ。「品」がなければ終わりです。言わんとする意味がじわじわと伝わってくる。

「日本は終わりますね。」

ワタシは真顔で彼の顔を見て答えた。彼は何も感じないような顔で、どうしようもないですね。と言った。

そろそろ行かねば。丁度彼に電話がかかってきた。ワタシはすかさずまずトイレに行き、戻ってきた流れで上着を着、鞄のチャックを閉め、挨拶をした。
「今日はありがとうございました。日本はきっと終わりますよ。」
すると彼は、
「まだ麻生のほうが可愛かったな。」と言った。
「そうですね。すべて漫画ですからね。夢がありましたね。」

では、と言ってワタシは外へ出た。街は忙しそうに動いていた。雨が止み、空気がしっとりと濡れてゆっくり肩で息をしているようだった。今日の飲み会は面白くなるなと思った。

                                  (了)
作品名:老人と品(ひん) 作家名:佐崎 三郎