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誘惑の果実

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ディストーテッド・ロマンス夜道二人の改変。



シフトを終えて桃子が店の裏口から出ると、随分と暗くなっていた。日が暮れるのが早くなったな、と空を見上げながら暫く歩いていると、ガードレールに腰かけていた男が目に入る。人目を引く容貌が桃子に向けられた。
「遅い」
「そんなでもないでしょ」
桃子がバイトに出るようになってからというもの、響はいつも彼女の仕事の終りを店の外で待つようになった。余程暇なのだろうな、と軽蔑するような桃子の視線には気付かないように、響はいつも平然と決まった時刻になるとそこに現れた。
「お前が言うから店に入らずに待っていてやってるっていうのに」
「そもそも迎えなんていらないんですけど」
バイト初日に店内に現れて客と店員を混乱の渦に陥れた男に、桃子は怒った。何もせずともその容姿で注目を集める男なのだから、あまり職場の人間の目の触れるようなところにはいてくれるなとの桃子の懇願に面白くなさそうだったが、それでも響は一応は桃子の要望を聞き入れていた。尤も、代わりに響に弱みを握られたとも言え、桃子は響の入店と引き換えに事ある毎に嫌がらせを甘受せねばならない立場に追いやられてしまった。バイトのある日は必ずどこからともなく響が現れて有無を言わせず送り迎えを強行し、休日には予告もなしに観光地を連れ回されるのも、料理に連れて行かれるのも、物を押し付けられるのも、桃子にとっては嫌がらせでしかなかった。
一昨日は突然車に乗せられて料亭に連れて行かれた。本の紹介を見て行ってみたいものだと呟きはしたが、明らかに場違いであることを桃子は理解していたから、それは実現しない望みを口にしたに過ぎない。だというのに、唐突に見覚えの無い服を着せられて、引き摺られて行った先は写真でしか見たことの無い日本家屋。障子の桟までも美しい建築と丁寧な接客と美食の数々に、居た堪れないことこの上なかった。帰り道、桃子の不機嫌な様子に響は理解しがたいといった表情を浮かべていたが、この先彼がその心情を理解する日が来るとは思っていない。
つい先日の出来事を思い出して桃子が憂鬱になっていると、ひらりと桃子の目の前に一葉の写真がかざされる。
「良い知らせをやろうか」
写真には幸せそうに微笑む黒髪の少女と、それを愛おしげに見つめる青年が横向きに映っていた。見覚えのある姿にはっとなる。桃子が言葉を発するよりも先に写真が裏返された。
「それ……!」
「あれから幸せにやってるみたいだな。そうそう、士都麻は鬼ヶ里を離れたとか」
「――まだ、狙ってるの」
逆光に暗く沈む表情の中、響の口元が僅かに笑みを形作る。思わず桃子は響のジャケットを掴んだ。
「やめてよ! もう神無に手を出さないで!!」
夜道に響く悲痛な声に、響は笑みを消した。
「お前はそうやって他人の幸福を願いながらも、自分の身は危険に晒すんだからな――――花嫁が里の外でどれほど危険か、お前だっていい加減分かってるんだろ」
どこか嘆息混じりの声だったが、桃子は気付かない。強い眼差しで響を見上げた。
贖罪ではない。悔悟ではない。自責の念ばかりでもない。ただ耐えられなかった。神無を傷付けておきながら、その優しさに甘えてのうのうと暮らすことなど許せなかったのだ。あの時神無の涙に触れた指が痺れるようだった。
「それ以外に方策が無かったのよ」
「相変わらずの無思慮だ」
冷たい言葉に反して、響の手は桃子の頬を優しく撫でた。なぜ、という問いと、もしや、という疑念が混じり、桃子は困惑から一歩下がった。頬に触れていた熱い手が離れていく。逆光で定かではなかったが、響に見つめられているのが気配で伝わってくる。居心地が悪く、桃子は響の横を擦り抜けて足早に家に向かった。追ってくるゆったりとした足音を背後に、夜道を急ぐ。視線を感じて桃子は眩暈に似たものを感じた。
アパートの前までたどり着くと、やっと足を止めて背後を振り返った。いつもならばここで響とは別れる。
「じゃあ――――」
告げようとした言葉は、響が横を擦り抜けて先にアパートの階段を上りはじめたことで飲み込まれた。
「夕飯食わせろ」
「何でよ!?」
「鬼ヶ里の状況とか、もう少し知りたいだろ?」
響はひらひらと神無と華鬼の写真を揺らす。桃子は忌々しげに舌打ちし、不承不承、響を初めて部屋に上げた。

どん、と勢いよく皿を置くと、反動で唐辛子の欠片が飛んだ。
「で!?」
「以外にまともな食事だ」
「失礼なやつね! ――じゃなくて、神無について調べたことを言いなさいよ! 夕飯を作ったら教えてくれるって言ったのはあんたでしょ」
桃子が狭いキッチンで立ち働く横で、神無の写真をこれみよがしにちらつかせていた男は素知らぬ顔でフォークを手に取った。
「冷めるぞ。ちゃんと後で教えてやるからとりあえず食おう」
ガーリックと唐辛子とオリーブオイルの香りは食欲をそそる。桃子は家具に八つ当たりしたい衝動をどうにか抑え込んで響の前に座った。いただきます、と桃子が不貞腐れながら言うと、響が小さく頷いた。
実家でしばしば料理を作らされていたから、まったく料理の経験が無いわけではない。それでも赤の他人に出すのは初めてで、つい響がパスタを口にするのを息をつめて見守ってしまった。女である桃子よりもきれいな指がフォークを器用に回して、皿の端で適量のパスタを巻き付け、流れるような動作で口元に運ぶ。かすかに響が笑いを洩らした。
「ちゃんと美味いよ」
有り合わせの食材で手早く作った料理。まったく手が込んでいないことが、何とはなしに後ろめたかったが、響の言葉で肩の力を抜いた。響は世辞を言うタイプではない。やっと落ち着いて自分の夕食に取りかかれそうだった。
かちゃかちゃと、食器が立てる硬い音が狭い部屋に満ちる。会話もテレビの騒音もない食卓はひどく静かだ。テレビを付けなかったことを後悔して、桃子がサラダから顔を上げると、響と目があった。いつの間にか食べ終えていた響は頬杖をついて桃子を眺めていた。思いがけず穏やかな響の表情に、桃子は誤魔化すようにゆっくりと視線を横の棚に置いた時計に移した。いつから見られていたのだろうかと考え、顔が熱くなる。
最近目が合うことが多くなった。その時、響はよくそんな表情を浮かべていた。侮蔑でなく、嘲るでも、好奇心でもない、静かなそれが何なのか掴み難く、桃子はいつも落ち着かない。そんな桃子に手を伸ばして、頬や髪に触れてくるのだから堪らない。今もそうやって触れようとするから
「響といると……あたしはいつも居た堪れない」
零れ落ちた。
言うつもりの無かった言葉は、呆気なくつまらないペペロンチーノの上あたりに転がった。
響は伸ばしかけていた手を止めた。目を丸くする様が彼らしくなく、桃子は益々居た堪れなくなってしまい、声を荒げた。
「――っ付き纏って連れ回って一体何なのよ!? 何の目的があってこんな目に合わせるわけ? あんたが自分の利にならないことをするわけない。次はあたしを使って何をさせたいのよ!? あんたと一緒にいると注目を浴びて、質問攻めに合って、見下されて――」
作品名:誘惑の果実 作家名:萱野