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誘惑の果実

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In the Afternoon



オフショルダーのニットの襟元がぐいと引き延ばされ、胸元が大きく開いた。とろりと上品な光沢をもったキャメル色のニットの端から、日に晒されていない白い肌が除く。
「ちょっと……響! ねえ、待って。待ってってば」
鎖骨に顔を埋めた響の肩を慌てて叩く。煩そうに顔を上げた響の横顔に日が差す。昼下がりの金色の光に響の色素の薄い目が光った。捕食動物の目だ。桃子は嫌な予感がして逃げを打つように後ずさった。
「あのね、響」
「何」
僅かに生まれた空間を生かすべく桃子がヘッドボードの方にずるずると身体を引き上げると、それを追いかけるように響はベッドに乗り上げてきた。極限まで引いたうなじに手が掛かり、首筋に吐息が触れる。確かな意図を持って肌に触れられ、桃子は困惑と焦燥で何を言っていいのか分からなかった。
「いやいやいやいや」
「だから何」
ぎし、とスプリングが微かに鳴った。朝変えたばかりの白いリネン海に陽光が零れ落ちている。
ニットの裾から手が滑りこんできて、腹から脇へと滑る。耳朶を舐られて鼓膜に濡れた音が響き、妙な声が出た。それに気を良くしたように響は目を細め、桃子のぽかんと開いた口を塞いだ。貪るという表現がよく当て嵌まるようなキスに桃子は目を瞑るしかなかった。奥で縮こまっていた舌を探り当てられ、深く絡める。何度も角度を変えながら離れない唇に息苦しさを感じた。酸欠でぼんやりとした意識の中、響の手がいともあっさりとセンターホックをはずして胸に触れたところで、はっとなって身を起こした。
「ちょっと、どういうつもり?」
かろうじて首で引っかかっていたニットをずり下げて身体を隠す。いつの間にかベッドの下に落とされたストールを視界の端にいれながら響を見ると、響はちょっと気怠い表情で髪を掻き上げた。
「どうって抱――――」
桃子は反射的に響の口を手で塞いだ。羞恥で顔が熱い。
「い、いい。やっぱり言わなくて、良い」
「あっそ」
じゃあ続きを、とばかりに響は滑らかな動作で桃子の横に手を突いた。猫みたいだな、とぼんやりと響を見詰めてから、慌てて首を振る。
「ちょっと待って……ねえ、え、なんで。本気? いや、待ってよ。嫌だって」
「何で」
桃子のしどろもどろの拒絶に響は不機嫌そうな様子を隠そうともしなかったが、しかし本気で怒っているわけではないことも桃子には分かっていた。それだけ響の気配には敏感だったし、把握できるだけの年月を共にした。それでも響の行動は桃子には不可解以外の何物でもなかった。
秋の昼下がりの穏やかな陽光の中、響の長い睫毛が揺れるのを見ながら、桃子は釈然としないものを感じながらさらにブランケットを引き寄せた。剥き出しの腕が少し寒かった。帰宅したばかりでまだ空調のスイッチを入れていないのだ。唐突に桃子をベッドに投げ出した男は普段と何ら変わらない涼しげな表情で桃子の肌に触れてくる。
「嫌なのか?」
予想外に真剣な眼差し。だから余計に桃子は答えに窮する。こんなやり取りは得意じゃない。
「え、いや、そういうのじゃなくて……」
ここで嫌と言えばどうなるのだろうか、と響を試すような良くない思いが湧き立つ。捨てられるのだろうか。興味を失うのだろうか。それは自分にとってどういうことなのだろうか。それを知りたくて、つい口に出してしまう。
「嫌」
桃子の横に突いていた手がぴくりと撥ねた。桃子の上に圧し掛かる様にあった身体がすっと引き下がる。
「そうか。悪かったな」
冷めた表情に、ひやりとした。あ、終わる、と思った。
ベッドから降りて背を向けた響に慌てて手を伸ばす。違う。そうじゃない。なんて言えば良い?
焦りから言葉が出ない。辛い。苦しい。
ふ、と響の足が止まる。びくっと反射的に手を引っ込めた。
「キスも嫌って言う?」
振り返って問いかけた響の表情はやわらかい。ベッドよりも扉に近いところに立つ響がとても遠く感じられたけれど、その声が冷ややかなものでなく甘い響きを宿していたことに安堵して、ベッドから飛び降りて抱きついた。
「言わない」
「そうか」
軽い音をたてて額に唇が落とされる。物足りなさを感じて響を見上げると心得たように響はにやりと笑った。今度こそ深く口付けた。
「怒った?」
「何が?」
「嫌だって言って」
ちょっとした思い付きだったが、結果は散々だった。いつの間にか響に依存しきっていたことに気付いてしまった。苦しくて辛くて泣きそうだった。
「別に。というか嫌がってたのに悪かったな」
頬を撫でられた。相変わらずスキンシップの多い男だなと思いながらも、それが嫌ではなかった。響に触れられるのは嫌いじゃない。壊れ物を扱うように丁寧に優しく触れてくれる。大切にされているようでくすぐったかったけれど、嬉しかった。そう思っていたのに、試さずにはいられなかった。結局あっさり自分から駆け寄ってしまって、分かったのは響から捨てられるのは自分にとって最早耐え難いことなのだということだけだ。けれど響が背を向けた理由が気になって、止めておけばいいのに問いかけずにはいられなかった。
「こんな女、もういらないって思った?」
「は?」
割と勇気のいる問いだったが、響は不可解そうな声を上げた。きっと桃子の言っている意味を分かっていない。
「好きな時にセックスができない女はいらない?」
「馬鹿馬鹿しい。気が乗らない桃子を抱いたって詰まらないし、お前だって辛いだけだろ。その気になるのを待つさ」
お前は他の女とは違うから、と耳元で囁かれる。かつて蔑みを受けた身に特別扱いの言葉は麻薬にように魅惑的だ。響はそれを意図的にやりかねないから恐ろしい。けれどそれに縋らずにはいられなくなってしまったことに気付いてしまった。
「それに、鬼は花嫁を捨てられない」
響は服越しに刻印に触れた。そこには二つの花がある。桃子は苦いものを感じながら微笑んだ。
「嘘つき」
鬼が花嫁を捨てられることを、桃子も響も身を持って知っている。けれど響は意味深な笑みを浮かべて桃子の左手を持ち上げた。薬指に嵌ったプラチナのリングに唇を押し当てる。
「そうでもないさ」
誓うような響の仕草を受けて、桃子は額を響の胸に押し当てて心の中で感謝した。

「で、このまま俺から離れないつもりなら抱くけど?」
緩く抱擁していた手が不穏な動きをみせる。桃子は顔を赤らめて絶句するしかなかった。項から背筋を辿って服の内側に潜り込む手に先程の性急さは無い。桃子の反応を窺うように緩く触れる。
頤を持ち上げられ、喉笛に吸いつかれた。
「嫌なら離れろ」
やさしい選択肢に、桃子は眉宇を曇らせる。響きに触れられるのは嫌ではないのだ。むしろ好ましいとも言える。抱かれるのだって初めてじゃない。それでも躊躇いがあった。
「何が嫌なんだ」
桃子の躊躇いを感じとって響は桃子の顔を覗き込んだ。このまま言葉を濁していても先程の二の舞だろうな、という予感があった。ならば言うしかないのだろう。しかし桃子にとってはこんな明るい部屋でこんな会話をすること自体が耐え難いものだった。
「あのね……明るいじゃない、まだ」
「それが?」
何を当たり前のことを言うのかと怪訝そうな響の様子に桃子はかっとなって叫んだ。
「それが、じゃないわよ! 恥ずかしいの!」
「何が」
作品名:誘惑の果実 作家名:萱野