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茅山道士 かんざし1

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「麟、これは一体なんだ。」
麟が、水浴びをしている間に、緑青は、机の上に放り出された包みを取り上げた。白い包みは少しいびつな形でコツコツとあたるものだった。一緒に修行の旅に出た相方の持ち物に見慣れぬ物を発見したので、何気なく尋ねたのであった。しかし、これがこの後の騒動の原因になるとは当の本人も、ましてや持ち主の麟も考え付かないことであった。相棒が手にしているものを見て、慌ててその手からもぎ取った。
「何をする。」
「これは大切な預かり物です。いくら、緑青さんといえど触らせるわけにはいかないものなんです。」
「そんなに怒らなくてもいいだろう。ちょっと触ったぐらいで、壊れるようなものなら旅に持ってくるな。」
 年下の道士から大袈裟に叱られて、ばつが悪いのか年上の道士は逆に怒った。

「おまえ、預かりものだと言ったが、それでは、どこかに届けるのか? それとも、返しに戻るつもりか?」
宿での話がうやむやになったと思っていた麟は、街を歩きながら緑青が、まわりの人を気に懸けず大声で尋ねたので、どっきりした。また、まずいところで痛いところをついてくるなあと鱗は、緑青の無頓着ぶりに呆れながらも修行の旅が終わったら返すつもりでいることを告げた。容易に返しに行ける場所でもないし、とは麟が心の中で付け足した言葉だ。この師匠役の先輩道士は、まったくこの辺りの事情を知らないのだから仕方がない。
「しかしなあ、高価な物を長期間預かるというのは……」
「師匠!! どうしてそれを?」
何気ない緑青の言葉に麟はハッと気付いてしまった。麟が水浴びしている間に、この師匠役の兄弟子は中身を見てしまったらしい。麟の様子に緑青もうっかり口がすべったことを知ってしまった。
「やっ、済まない。そんなものとは知らずに開けてしまったんだ。申し訳ない。」
少々気まずそうに緑青は謝罪の言葉を述べて歩き出した。溜め息をひとつついて弟子役の道士も後を追った。
「緑青さん。別に見られて困るものじゃないんですよ。ただ、あれを預かった理由は言えない抱けなんです。」
「おまえはいつもそうだ。肝心なことは省いて、俺に説明する。」
気まずさを怒りに変えて緑青は見習いの道士の顔も見ず、すたすたと先に進んだ。それはわかってるんですよと苦しい心持ちで見習い道士が後を追いかけようとした直前に、背後から殺気のようなものが自分に向けられていることに気付いた。それは強烈に麟の背中に当たっている。誰かが先程の緑青の無頓着な大声を聞いていたらしい。まずいことになった。麟は振り返ったが、通りの人波の中では殺気の相手は紛れてしまって分からない。街市を一歩出れば、そこは無法地帯である。この殺気の主は間違いなく、この預かりものを盗みにくるだろう。ザンギリ頭の若い道士は、ここでしばし立ち止まり、師匠役の兄弟子の安全を考えて策を練った。
 背後から追ってくると思っている緑青はスタスタと前を歩いている。その後ろ姿を遠くに見ながら麟は懐から一通の手紙を取り出した。以前ひょんなことからその一人娘を保護したある人物から彼の親戚筋に宛てた紹介状であった。次の街市には紹介状の相手が住んで居るはずだった。ここに来るまで紹介状の相手のもとへ寄ることなく済ませてきたが、ここでその力を借りようと若い道士は、紹介状を手にしてりく緑青に近付いた。
「師匠。」
「なんだ。」
「このまま気まずい思いで過ごすのもどうかと思います。幸い次の街市は行程的に一日とかかりません。どうでしょう。師匠は川沿いの道を、わたくしは山ぞいの道を行って次の街市で落ち合うことにしませんか。」
「麟…話をはぐらかしてはいないか。私が言った答えになっていないぞ。」
ご立腹の兄弟子は、その預かりものの子細を話せと詰め寄ってくる。それはどうしてもお教えできません、と麟が必死に謝るのだが、話は行き違いでまったく進まない。
「分かった。もう聞かん。」
そう言い捨てると、兄弟子は川沿いの道に足を向けた。慌てて麟は緑青の布かばんに紹介状を捩じ込んで見送った。怒っている本人もわかってはいるのだ。麟が自分の役災をかぶって大怪我をした時に、預かったものだろうということも、またその相手がただならぬ相手であろうということも。ただ、自分だけが知らないという疎外感はどうしても拭い切れない。
 ごめんなさい。緑青さん。去り行く後ろ姿に声をかけながら、麟も歩き始めた。今、兄弟子に事情を説明することができたとしたら、きっと修行を中断して仙界へいくように勧めるだろう。そして好奇の目で麟を見ることだろう。50年の約束を正しく履行するには、それはよくないことである。それに仙人たちから、他言は無用と強く言い渡されている。とぼとぼと歩いていた若い道士は、考え事の深淵から戻り前方にしっかりと目を向けた。とりあえず、緑青の安全は守られる筈である。後は自分が殺気を発した相手をいかに追い払うかだけが問題となった。緑青の心配をしなくていい分は気が楽かもしれない。なんとかなるだろう、若い道士は楽観的にものを考えている。

 緑青の行く行程は川沿いの平坦な道で旅人も多く賑やかである。太陽が川面を照らしキラキラと光る様は、まるで黄金が沈んでいるかのごとくである。まだ苛立ったままの道士はそんな風景を見ることもなくスタスタと進んでいる。行き過ぎる旅人たちの顔が和やかであればあるほど、さらに苛立ちは募るのである。理性と感情は切り離せない。ジレンマに陥る緑青は、「ええい、止めだ。」 と叫んで道端の石にどっかりと腰を下ろした。どうしたところで、おさまるものではないのだ。ここで緑青はようやく風景に目を向けた。山はかすかにぼやけ、川は静かに流れている。そんな大きな自然を前にしていると、自分の苛立ちも流されて行くように思えた。そういえば、次の街市の待ち合わせはどこですることになったのだろうと考えた。聞いた覚えがない。ふと、肩からかけている布かばんの口に一通の封書が押し込まれていた。相手の住所と氏名が書かれているが、住所は次の街市になっている。ここでおちあうということだな、緑青はそれを懐に入れて、もう一度景色に見とれて心を落ち着けた。川面を走る風は静かに静かに緑青をなだめるように吹きつけてくる。

 山ぞいの道を行く若い道士は以前ある人物から貰った杖を手に慎重に進んだ。街市で感じた人の殺気は、まったく背後から感じられず木々の梢にあたるこもれ日が麟の頭上にやさしく降り注いでいる。心配事さえなければ、久し振りのひとり歩きには良い加減なのだが……と若い道士は左右の木立ちを見渡しながら歩く。行き交う旅人もなく独りぼっちの行程である。ひょいと麟は杖を肩にした。仙界の桃の木で作られた杖は金属の装飾がくまなくほどこされており、ずしりと重量感がある。しかし、なぜか麟には杖が自分のために作られたかのように手に馴染んでいる。
作品名:茅山道士 かんざし1 作家名:篠義