二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ティル・ナ・ノグ

INDEX|2ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

第一幕 妖精事件



 最初はごくささやかな事件、いや、ちょっとした地方紙の小さな記事に収まる微笑ましい子供の悪戯だった。

『妖精は本当にいた!』

 最初の見出しはそんなものだった。折しも季節は春で、陽気な空気がその事件をセンセーショナルなものに仕立て上げるたといえなくはない。国の体制や戦乱に向かう予兆を孕んではいても、それでも春という季節は人をどこか怠惰にさせる力を持っているものだ。
 ――ある小さな村の姉妹が妖精の写真を撮った、と新聞は報じた。やがて時を置かずして報道から作家から、果ては噂の域を出ないが軍までもが現地へ調査へ赴いたといわれる。
 写真は五枚あった。姉妹と羽のある妖精が写っているもの、姉妹のそれぞれと手を繋いでいるもの、そして妖精だけを捉えたもの。虚偽であると主張する学者、真実であろうと反論し姉妹を擁護する作家、写真は捏造できると断言したカメラマン、こんなことで世の中を騒がせるなんてけしからんと怒る良識ある教育者、そして、本当だったら面白い、と考えた多くの市民たち。
 事件は波紋を呼んだが、恐らく最もうまく立ち回ったのは妖精を探す団体旅行企画を組んで一山当てたまだ世の中に数少ない旅行業者とそれに乗った鉄道事業者だといえるだろう。
 しかしそれはともかくとして、季節が変わり夏ともなれば話題は変わるのが世の常だったはずだ。人間、特に大衆とは移り気な性であるのが定番だ。
 だがしかし、事件はそれで終わらなかったのだ。空が質量さえ伴って感じられるほどの真っ青になり、小さな生き物が短い一生を謳歌する夏が訪れた時、妖精事件はもっと大きく、深刻なものに様相を変えていたのだ。
 まず、ぽつりと人が消えた。初めはただの失踪として処理されていた。だがそれが三人、五人と増えていくうちに、人の口に噂が上り始めるようになった。なぜならいなくなった人間は皆、消える前に一様に「妖精を見た」と言っていたからだ。
 そしてついに、当局をあざ笑うように大きな事件が起こった。
――妖精が目撃されたと報じられた村からそう離れてもいない場所。やはりそこには川べりの小さな、美しい村があった。村人もそう多くはないが、それでも確かに最低限の施設があり、それなりの家族が暮していた。その村の住人が全て消えた。跡形もなく、争った形跡も、何もかもなく、ただふっと消えてしまった。
 もはや噂でもなんでもない。「何か」があるのは確かだった。
 だが何があるのかは誰にもわからない。メディアはこぞって妖精事件と騒ぎ立てた。夏という季節がまた悪かったのかもしれない。春が人を怠惰に、暢気にさせる季節だとすれば、夏は人を刹那的に、享楽への警戒を薄くする季節だ。事件の噂は瞬く間に全土に広がり、村民全失踪事件の現場を管轄に持つ東方司令部の住人だけが夏らしくもなく頭を悩ませることになった。とはいえ、今年のバカンスは返上だ、そんなもんはいつでもないだろう、なんて軽口を叩ける余裕がまだあるだけ、幸せといえばそうだったかもしれないが。
 そして彼らにその軽口を許していたのはひとえに、彼らの上にいた人物の存在による。司令官のひとり、実質的に東方司令部を動かしているともいわれる(だがさらに言うならその副官こそがキーパーソンであるというのも実しやかに囁かれる噂ではある)ロイ・マスタング大佐。彼はこの不可解な事件に対しても一切動じることはなく、まるでこの先に何が起こるのかを知っているかのように次々に手を打った。加えて彼は国家錬金術師であり、そして英雄とも呼ばれた男である。そういったわけで、深刻な状況ではあるが最悪ではない、というのが現時点で東方司令部が置かれた状況なのであった。

「まず捜索の前にいくつかすることがある」
 起こった事件が空前絶後のものであったことから、事件の最高監督者は司令官クラスの人間が求められ、実力、ポジション共に彼がその任に当たったのは極当然の成り行きだった。
 彼は副官に命じそれぞれ目的に特化したチームを編成させた。そしてそれぞれのリーダーを集めて改めて事態を確認し、以後の指示を行った。それは実に常識的なもので、まず、その彼の冷静な対応が浮き足立っていた軍人たちを我に返らせた。
「人が消えた村の位置を確認してほしい」
 何を今さらと幾人かは思ったが、上官の命令は絶対である。それでなくともとりあえずおかしな指令ではない。集められた人間は地図を見た。そして、黙って次の言を待つ。
「街道から外れた小さな村、皆はそう認識していると思う。だが地図で見ると、」
 マスタングは地図上に指を置いた。そして黙って動かす。その動きに、あ、と誰かの口から声が上がった。
「そうだ。実はセントラルに近い」
 彼の声は淡々としていた。そして、指はまだ地図に置かれたままだった。次に動いた先は、東方司令部の管轄区としては端の方に位置する工場地帯だった。
「諸君の中に、このエリアにある企業の数、工場の数を正確に把握しているものはいるか」
 誰もが顔を見合わせてしまった。そういった行政的なことはそもそも軍人にとって不得手な分野であるし、その辺が工場地帯だということを把握していさえすればそれで当面困ることはないのだ。
 大佐は誰からも特に返事のないことを咎めたり嘲笑したりはしなかった。
「春の時点で十二の企業の二十の工場があった。その中に大型火器を作る工場もある」
 不穏な単語に誰もが顔を見合わせた。だが誰も言葉を発しないのは、若き大佐に対する信頼の裏返しである。
「このエリアは元々森林地帯を切り開いていて、基本的に人口はさほど多くない。そして、近隣には比較的大きな街がひとつあるだけで、駅もそこにしかない。最初に妖精を見たという姉妹が現れた村と今回人が消えた村、それぞれ人は百人いるかいないかという小さな村だ。だがその他には深い緑が広がるだけで人は殆どいない」
 彼には何か確信があるようだった。部下達はそれを信じてただ待つ。
「線路は、森林を横切ってセントラルへ通じている。線路の途中には人が消えた村が存在している。そして、一番近い駐屯地からでも村は離れている」
 ごくりと誰かが息を飲んだ。おぼろげに彼が何を言おうとしているのかわかったからだったろう。
「妖精だのなんだのは、軍の考えることではない」
 彼は静かな、凛とした表情で周囲を見回した。
「我々が考えるべきことは、なぜこの村から人が消えたのか、それで得をするのは誰か、そして何が起こる可能性があるか、そういったことだ。危険があるのなら取り除く。それが我々の仕事だ」
「大佐」
「なんだ」
 挙手したひとりに、大佐は頷いて質問を許可した。
「大佐は、テロの隠れ蓑に村が狙われたのではないかとお考えなのですか」
 意外にセントラルへ近い立地。近隣に人が少なく、司令部、軍支部からも離れているという好条件。さらには近くの工場では武器を作っており、それらを運ぶ貨物列車は村の近くを通過する。
 それらをもし必要とするものがいるとするならば、動乱を企てる連中が一番だろう。彼らが妖精なんていうものをでっち上げて暗躍しているのではないか、大佐はそう考えているのか、部下はその考えに至った。
作品名:ティル・ナ・ノグ 作家名:スサ