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ティル・ナ・ノグ

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intermission



 ――1914年7月23日。
 その、夜半になってのことだった。

「…おっしゃる意味がわかりかねるのですが」
 瞬きの合間に冷静な副官が答えるのを、ロイは宥めるような苦笑を浮かべて眺めた。その身には今、軍服ではなく私服が纏われている。といっても白いシャツに黒いスーツという、洒落っ気などは存在しない服装だったが。とはいえ彼も遊びに行くわけではなかったので、それでも十分だったのだ。
 そして、帰宅前だったわけでもない。
「言った通りの意味なんだ、残念ながら」
 ロイは肩を竦めて答えた。
 ――数秒前、彼は副官にこう告げた。
 私は明日消える、かもしれない、と。
 当然ホークアイ中尉は眉をひそめた。大胆なサボり予告かと銃を構えなかっただけでもありたがく思ってほしいところである。だが彼女が怒りをあらわにしなかったのは、「消える」という表現が不吉に思えたからである。
「何から話したものかな、とりあえずあまり信じてはもらえなさそうなのは確かなんだが…」
 ロイは、困ったように笑った。

「私は14年前の明日、一日だけ神隠しというか…妖精事件に巻き込まれたことがあって」
 ロイの告白に、中尉は目を見開いた。
「…どういうことなんですか」
「さあ。ただひとつ確かなことは、私が行方不明になっていたのは一日、一晩だけのことだ、ということだ。次の日には元に戻れたし、それからはずっとどこにも迷い込むことはなかった。…おかげで、生意気にもう夜遊びかとさんざんからかわれたものだよ」
「…その間、どちらにいらしたんですか」
 男は食えない顔で笑った。そして、短く答える。
「明日」
「…は?」
「その場で会った相手が教えてくれたんだ。その日は、1914年7月24日。つまり、明日、だ」
「……」
 中尉は疑わしい目を向けていた。無理もない、とロイは思う。ロイだって他人が言ったなら多分信じない。しかし、中尉はくだらない、と一笑に付してしまうこともなかった。それだけでもありがたいくらいだ。
「しかし、私は考えていたんだ、その時」
 ロイはそのことに力づけられ、話を続ける。
「同じ時代…というより時間軸、座標に、同じ存在が同時に存在できるだろうか、と」
「どういうことですか?」
「うまくいえないんだが…錬金術で、離れた場所に同じ存在、この場合年齢は違うが存在としては同一のものである私だ、私がいるこの現在に、一九〇〇年の私が練成されていると当時の私は仮説を立てた」
「…そんなことが出来るんですか?」
 中尉の顔に戸惑いと、微かな期待が揺れた。ロイが言ったことは過去、あるいは未来へ人が行けることを示唆している。もしもそんなことが出来たら、歴史を変えることも出来るのではないか、彼女がそう考えていることがロイにもわかった。
「しかし、ひとつの箱に入る量はあらかじめ決まっている。つまり、同じ座標には同一の熱量が二つ存在できないと考えられるわけだ。また、これが重要なんだが、何の作為もなく練成先を決めることは出来ない。以上のことから、そうした練成は任意で行えるものではないと私は結論を出した」
 ロイはあえてはっきりとは否定しなかったが、この程度で中尉にはわかるだろうと考えていた。案の定彼女は覚ってくれたらしい。ロイを見る目でそれはわかった。だから、ロイもそれ以上は時間移動に関して言及しなかった。
「私自身でさえ、あれは夢だったのではないか、そう疑っていた」
「未来へ行ったことが、ですか?」
 ロイは頷いた後苦笑した。
「それは私だって自分を疑うよ、そんな荒唐無稽な話。だが実際に私は一日消えていた。その間、どこにもいなかったんだ、14年前の明日には」
「…明日、何があるんですか?」
「さあ」
 ロイは肩を竦めた。
「もしも14年前、私が体験したことが幻でないのなら、明日には14年前の私がいて、ある人と出会う」
「ある人? 誰ですか、一体」
「君もよく知っている人だよ。14年前の私と同い年の」
「…明日の時点で15歳の人物、ということですか?」
 中尉の言に、ロイは頷く。副官の瞳が軽く見開かれるのを見て、ロイは頷いた。思っている通りだ、と。だが中尉は口を開いた。考えついたその結論を口にするべく。
「――まさか、エドワードくんですか?」
 共通の知り合いに15歳の人間など他にいない。
 果たして、ロイは、静かに頷いた。
「…では大佐は14年前からエドワードくんのことを?」
「…四年前までは、半信半疑、いや、あれは幻だったんだろうとむしろ信じていなかった。だが、君とリゼンブールに行って…初めてあの子供を見たとき、どこかで会ったような気がしたのは確かだよ。だがあの時はそれどころではないところもあったから」
 確かにと中尉は頷いた。あの時二人が訪れたエルリック家は、とてもそんなファンタジックな話が出来る環境とはとてもいえなかった。
「しかし、一年、二年と経ち、さすがに信じた。何よりあの服装と髪と目と、言動だ。あんな子供はふたりといない」
 ロイは口元を押さえてくすりと笑った。
「あんな強気で無茶苦茶な――女の子はな」

 最初は気づかなかった。というよりもはや性別がどうとかいう次元の話が出来る状態ではなかったのだ。
 しかし時が経ち、試験を受けるためにとエドワードが司令部を訪れた時にはわかった。わからないはずがない。
 子供は時として、性別がどちらともつかない場合がある。見目のよい子供などは特にそうだ。エドワードもまたそうだった。首や肩が細くて、直線的で丸みにかけて。どちらともとれるし、どちらともとれない。それこそ妖精のような。
 だが、エドワードの歩き方やふとした仕種は少女のものだった。そしてその傾向は年を追う毎に強くなっていった。当たり前である。それは成長の一環なのだから。もう、あと何年もごまかしていけるものではないだろう。(現に、中尉は自分で気づいたのだ。その事実に。ロイが教えたのでも、エドワードが告白したのでもなく)
 ――昔、そして彼女にとっては明日、ロイが少女に言った言葉の通りに。彼女が少年であれる時間は残り少ない。

「明日、鋼のは東部の郊外の街にいるはずだ」
「では、大佐もそこに?」
 ロイは曖昧に首を振った。
「正直、わからない。明日本当にそれが起こるのかどうかもわからない。だが、今年に入って妖精事件が起こったことで、恐らくあの通りになるのだろうと思ったんだ」
「妖精事件が、決め手ですか…」
「14年前、私は明日のあの子から聞かされていたんだ。妖精事件のことをね」
 中尉は目を瞠った。
 まるで大佐はこの事件が起こるのがわかっていたみたいだ、と囁かれる噂がある。だがそれは真実だったのだ、と妙な形で知ることになる。勿論全て信じるわけにはいかないだろうが、全くの与太話だったとして、ロイならもっとうまい嘘を考えるはずだった。だから、中尉は彼の告白を信じた。
 全て作り話だったとして、こんな妙な話をしても信じてもらえないことくらいロイはわかるだろうから。
作品名:ティル・ナ・ノグ 作家名:スサ