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Alf Laylar wa Laylah

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第一幕 指環のジン




 バザールは賑わっていた。だがしかしその日が特別にそうだったわけではなく、複数の豊かなオアシスを持ち、交易路の中心に位置するこの街のバザールは賑わっているのが常だった。
 東の絹織物、西の毛織物、香辛料や金銀宝石、キャラバンに必須な駱駝や遊牧民が連れてくる羊や牛、オアシスで育つ果実、奴隷、…よくもまあこれだけ揃えたものだというくらいに品物は多く溢れている。
 そんな賑わった街路を歩く人間も様々だったが、その中に、干し葡萄を齧りながら歩く少年がいた。
 見たところ小柄で、少年というか、ほんの子供である。多少日にやけてはいるものの随分と白い肌は、沙漠の生まれではないことをうかがわせた。それは蕩けそうな蜂蜜色をしたその髪や瞳からも明らかだったが。だが、強い陽射しにも負けていないその佇まいは、少なくとも育ちはこのあたりなのだろう、と思わせるものがあった。はっと人目を引く目鼻立ちをしており、鎖をつけていないのが不思議なほどだった。つまり、奴隷とされていないのが不思議なほどの容姿だということである。
 だが、そんな見目良い子供だというのに、商人も街のごろつきのような連中も、その子供にちょっかいをかけたりはしなかった。どころか、愛想よく果物をくれる商人までいる。
 子供の身なりは清潔だったが、といって過度に豪華な部分はひとつもなかった。どちらかといえば質素といってもよい。袋に穴を開けただけの布のような服をかぶって、腰を帯で締めている。武器らしいものは帯びておらず、身を飾るものといえば高く結った髪を留めている織紐と、右手の人差し指にはめられた古びた指輪だけである。とてもではないが、高い身分の人間にも見えなかった。
「よう、エド! 帰ってたのかい、今回はどうだった?」
 顔見知りらしい老人に声をかけられ、子供は足を止めた。そして肩を竦めて苦笑すると、両手をあげて首を振った。
「はっはー、そりゃ残念だったな」
「おっさん、あんまりそう思ってねえだろ」
 じろりと金色に睨みつけられ、おっかねえ、と老人は首をすくめる。その手には指が三本しかない。
「んじゃ、お袋さんにこれもってってやんな、入ったばっかの珊瑚の首飾りだ」
「そりゃいいね、サービス?」
「ばかやろ、誰がただでやるっつったよ」
「だと思ったよ。いや、母さんはそういうのあんまし喜ばないから、気持ちだけもらっとくわ。またな」
「なんだ、おまえさんなら出世払いでいいってのに!」
「ありがと」
 子供はにこっと笑い、その場を後にした。

 ――その街に「錬金術師」がやってきたのは、今から十数年前のことだった。追い払っても追い払ってもやってくる盗賊に悲鳴を上げた当時の領主が藁にも縋る思いで招いたその男は、確かに背は高く貫禄はあったものの、たった一人で無法者たちを退けられるようにはとても思えなかった。街の人間は彼を見たとき、領主はとうとう気が狂ったか、そろそろ河岸を変えるべきか、と誰もが思ったものだった。
 しかし、結果から言えば、領主は素晴らしい判断をしていたのだ。
 男が両手を打ち鳴らし、大地に触れれば、突如として屈強な壁が出現し盗賊を阻んだ。それどころか彼はどれだけの矢を射掛けられても倒れるということがなかった。これは神か悪魔か、と商人たちは震え上がったが、盗賊たちを退けた男はへらりと笑うと、お腹すいたな、何か食べるものはないかな、と、まるで緊張感のないことを口にした。ついでに腹まで鳴らして。
 こんな間抜けなことをする悪魔はいないだろう、と町衆はどっと笑い、それから彼はこの街に留まることになったのだ。請われて、というのも勿論あるのだが、まずはお水をどうぞ、と碗に一杯の清水を差し出してくれた娘に一目惚れしたというのが事の真相らしい。
 ――それが、エドの両親だった。
 街を救った錬金術師の息子、それが、エドが無法者にかどわかされない理由だった。
「エドワード、もう今度と言う今度はお父さんは許さないぞ!」
 やや棒読み具合で息子の「放蕩」を咎める父親は、エドの遺伝の元であろう金色の髪と目をしていた。但し、エドよりはもう少し濃い色合いをしていたけれど。
「…トリシャ、ええと、この次はなんだっけ?」
 棒読みという読みは正解だったようで、父は、二の句に詰まって母にこそりと救いを求めていた。母親は苦笑して、もういいわとばかり首を振る。そして、エド、と落ち着いた声で呼んだ。息子の方も、今度はわずかに居住まいを正す。この家では母親が最高権力者なのだ。次は多分、弟。自分と父親が三位争いをしているが、大体に多様なものだとエドは思っていた。
「男の子だもの、冒険を止めたりはしないわ。お父さんだって、若い頃はあちこち旅をしてきたというし」
「それほどでも…」
 えへへ、と照れたように頭をかく父親は息子に冷たい目を向けられ明後日の方を向く。もう、と妻は苦笑するのみだ。
「でも、エドはまだ十五歳よ。キャラバンと一緒に旅をするならまだしも、ひとりで沙漠で寝泊りだなんて! 盗賊もいるし野犬もいるのよ、何かあったらどうするの、お母さん心配で心配で…」
「…別にそんな遠いところを回ってるわけじゃないし、二、三日で帰ってくるじゃないか。大丈夫だよ」
「だからその二、三日が心配なのよ、わかるでしょ?」
 腰に手を当てて怒る母親には頭が上がらなくて、結局「ごめんなさい」と頭を下げる。
「そうだぞ、エド。エドはまだこんなに小さいんだから、」
「っだれが豆粒ドチビかああああ!」
 下げていた頭を瞬時に上げて、エドは父親に食って掛かる。
「トリシャ〜、息子がいじめるよ!」
「はいはい」
「あっ、てめえ親父なに甘えてんだ! いくつになったんだ!」
「エドよりは大きいよ」
 母に縋る父に脱力感を覚えて、息子はがっくりと肩を落とした。

 罰として申し付けられた水汲みをしていたら、弟がくすくす笑いながらやってきた。空の桶を持っているのは、それにも汲んでいけということだろうか。エドは肩を落とした。
「お帰り、兄さん」
「ただいま、弟よ」
「今回はどうだった?」
 問いかけながらも、弟はエドの指を見ていた。正確には、その指環を。
「…それ、今回見つけたの?」
 弟の顔は少しだけ真剣なものになった。エドもまた、井戸から水を汲んでいた手を暫し止める。
「…指環のジン。冒険王の昔話、覚えてるか?」
 弟はすぐには返事をせず、息を呑んであたりをうかがった。幸いにして人の気配はなかった。
「大丈夫だ。誰もいない」
 兄はそんな弟に、なんでもないことのように言って聞かせた。
 二人は幼い頃から近所の腕利きの…都の軍隊でも尻尾を巻いて逃げ出すと専らの噂の「主婦」に鍛えられており、体術や気配を覚る、あるいは消すといった術にも長けていた。
 兄は目的のために石にかじりついても去らないという心構えで師事し、弟は兄が放っておけずに。結果として、二人が二人共に警備兵など足元にも及ばない使い手に成長していた。おまけに父の錬金術の才を受け継いでもおり、そんじょそこらの盗賊風情では、何十人が束になった所で歯が立たない実力者でもある。
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ