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海竜王 霆雷11

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一週間なんて、あっという間だ、と、彰哉は、自分があてがわれた部屋の窓から、外を眺めて、背伸びをした。いつも馴染んでいたパソコンや携帯端末のない生活には、多少、違和感がある。朝、目が覚めたら、テレビをつけるなんてこともできないし、本日の出来事を、パソコンでチェックするということもない。それらが、なくて寂しいのか、と、問われたら、「そうでもない。」 とは答えられる。
 出された宿題について、いろいろと考えたものの、やっぱり、人間でないと出来ないことと言うのが思い浮かばない。食生活が変わるというのは、そうだろうか、元々、食事に無頓着なほうだから、そんなもんだろうというぐらいのことになる。ここでの食事は、それなりにおいしいと思う。
「あー、そうか。コンビニに買い物とかは行かないよな。竜は。」
 そういう単純なことしか考え付かない辺りが、自分の執着の無さを如実に表している。美愛の父親の宿題というのは、たぶん、未練となるものを考えよ、ということだとはわかる。わかるのだが、その未練が、「ない。」 と、断言できてしまう自分は、どうなんだろう、と、頭を傾げるしかない。



 午後に、美愛の両親の私宮に呼ばれて、お茶を共にすることになった。宿題はできたか? と、美愛の父親は切り出したものの、やっぱり、思い浮かばないので、「コンビニに行く。」「パソコンでゲームをする。」ぐらいのことを返事しただけだ。しかし、逆に、美愛のほうが、いろいろと答えた。
「彰哉と、もう少し人間界を見たいと思います。彰哉は、観光地や景勝地というものを知らない。それを見て廻るには、彰哉は人間でなければなりません。それから、ソフトクリームを食べるというのも人間でないとできない。そういう人間でないと、できないことをやり遂げてからでも、遅くはありません。」
 あれ? と、彰哉と、となりで熱心に、自分を人間でいることを力説している美愛に、顔を向ける。竜になってくれ、と、言ったのは美愛なのに、逆のことを言っている。
「待てよ、美愛。別に、そんなの竜になって二百年したらできることじゃないのか? 」
 二百年したら成人して、どこでも人型になれると教えられている。観光地や景勝地なんて、そう変わるものではないだろう。だが、美愛も、彰哉に視線を向けた。
「もちろん、それからでもできるでしょう。ですが、人間界で二百年すれば、すでに、彰哉が知っている人間界ではない世界になっています。あなたが過ごした時間の人間界は、今しかありません。私は、そのことを痛感したから、それを目にしたいと思ったのです。」
「思い出作りってこと? 」
「そういう類のものですね。今、それらを見て、今度、あなたが、それを見るのは二百年以上先になる。時間の流れというものを体験できるのではないでしょうか。」
「それは、俺に必要なものかな? 俺は、そんなこと考えなかったけどさ。」
「あなたに必要なのではなくて、私に必要だからです。あなたと人間界で過ごした一年は、楽しかった。もう少し、その時間が欲しいと思います。」
 母は十年、そんな時間を過ごした。まどろっこしくて、それでも楽しい時間だったという。それなら、自分も、そんな時間を手にしたい。何より、彰哉が、人間界を知らなすぎる。知ることで、広がるものがあればいいし、もしかしたら、もう少し人間界に居たいと、彰哉が思うものがあるかもしれない。そんな気持ちで、美愛は、そう言った。未練となるものというよりは、彰哉自身に人間であることを自覚させたいと思った。
「それなら、そうしなさい。彰哉の家に住まなくても、旅してみればよろしいでしょう。」
 娘の意見に、母親は嬉しそうに微笑んだ。慌てなくてもいいのだ。人間であることを堪能できるだけの時間があるなら、それを有効に使うべきだと、華梨も同意する。
「成人するまで、遊び歩くっていうのもいいんじゃないかな。それは、子供の特権だろうよ、彰哉。」
 父親のほうも、それには賛成だ。見聞することで、いろいろとわかることもある。自分には出来なかったことだ。存分に堪能してもらいたいと願っている。
「でも、親父さんっっ、お母さんっっ、俺は・・・」
 堪能するも何も、自分は、こちらで過ごすことに抵抗は無いのだ。わざわざ、未練を残すような真似をしないで、さっさと竜にしてくれたほうがいい、と、吐き出したが、父親は、ニヤリと笑って、彰哉に人差し指を突きつけた。
「彰哉、おまえ、木登りしたことは? 」
「え? ない。」
「水泳は? 」
「・・あ・・一応、できる。」
「山登りは? 」
「ない。」
「・くくくくく・・・・それは、人間としてやったほうがいい。竜になったら、あほらしくて出来なくなる。富士山にでも登ってみろ。人間って、なんて弱いんだ、と、実感できるだろう。」
 竜になれば、たかだか三千メーターの山など、ひと飛びで通過できる。だが、人間は二本の足で歩くしかない。ただし、達成感は、はるかに大きなものになる。木登りもそうだ。落ちて痛い思いをするのは、人間だ。竜は、落ちる瞬間に浮き上がることができる。そういうことをしてみれば、人間の限界というものと、大きな達成感を得られるだろう。
「親父さんは、やったのか? 」
「俺は、木登りだけだ。だが、こっちに来て、登らなくても飛び上がれるから、今はやらない。それに泳ぎも、竜として泳ぐのと人間では違う。とりあえず、苦しいほうを体験しておけ。そのほうが、竜の有り難味が、実感できるだろう。」
 元人間からのアドバイスは聞け、と、最後に言って笑った。竜になることで、無くすものと得るものがある。それは、人間としてやっていなければ、わからないからだ。
「彰哉、成人するまで、私の背の君のおっしゃることを体験してきてはいかがでしょう? それでも、竜になることに抵抗が無いのなら、美愛と戻ってきなさい。」
「抵抗が出来たら? 」
「その抵抗がなくなるまで、人間界で過ごして戻ってくればよろしい。私達にとって、その時間は大した時間ではありません。・・・美愛だって、彰哉と共にあるなら、待っていられるはずです。そうですね? 美愛。」
「はい、母上。」
 母娘は、互いの視線で、しっかりと確認した。十年でも二十年でも、好きなだけ彰哉が、人間界を堪能すればいい。その時間は、竜にとっては瑣末な時間でしかない。傍らに在り続けるなら、美愛だって寂しいとも帰りたいとも思わないだろう。





 結局、水晶宮から飛び出していったふたりは、半年ほどで戻ってきた。「証拠だ。」 と、彰哉は、美愛の両親に、たくさんの写真を手渡した。美愛の父親が命じた通り、ふたりして、富士山に登山した。下からは、無理だろうから、八合目から登山したが、それでも厳しかったと、その体験を彰哉は語った。
「親父さんの言うことが、よくわかった。あれは、確かに人間にしか体験できないな。」
「そうだろうな。」
「でも、登りきったら、気分爽快だったよ。」
「それは、よかった。・・・もう、いいのか? 随分、早いご帰還だったが? 」
 まさか、半年で戻るとは思っていなかった。妻が成人するまで、と、言い置いたのに、だ。その言葉に、美愛と彰哉は、ふたりして顔を見合わせて笑った。
作品名:海竜王 霆雷11 作家名:篠義