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小さな鍵と記憶の言葉

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第4章


4 白兎とトカゲ  “The Chancellor sends in a Probationer”


 役職就きへの顔見せ―『アリスのお披露目会』が散会したすぐ後、横に佇んで居た彼は私の顔を見もせずにこう言った。

「久しぶりだね」

 睨み上げたその表情は一向に悪びれる様子もない。忘れもしない、冷ややかな黒髪と深紫の瞳。私は内側に抱えるもやもやを押し隠しながら、努めて気丈に振舞った。

「本当に久しぶり。顔を合わせたのはどれくらいになるかな」
 彼は何を思ったか頷いた。まるで私の心の中なんて検討もつかないといったふうに、感心さえも含めて表情を緩めている。
 この城の白兎。女王の側近ならさしずめ大臣といったところだろうか。
 私をここに連れてきて以来、ほとんど顔を合わせることもなかった人。最初は怖くて仕方なかったのに、今となっては怖いというより嫌いだ。どっちにしたって、苦手なことには変わりないけれど。
「まさか、君が決断するとは思わなかったよ」
 部屋を横切りながら、彼は尚も話を続けてくる。お茶会室(つまりは会議室だ)はいつしか後片付けが始まっていた。薔薇やカードとは別の制服を着た彼らは、一体何と言う役職なんだろうかと横目で考える。
「どうせ仮初めだもの。結局は私が帰るまでの間だけ。お世話になっているんだからそれくらいはいいと思って。それで? もう家に帰してくれるの?」
 嫌味を込めたとしても、白兎には届かないらしい。私の満面の笑みをそのままに受け取ったらしく、困ったような表情を返される。
「残念ながらまだ無理だよ。時間が来たら教えるから。それにしても、存外楽しそうにやっているみたいだね」
「ダミアンがよくしてくれるから。それに、他の人たちも優しいもの。貴方と違って」
「それはいいことだ」
 彼はまた頷く。僅かに微笑みすら浮かべて。そのやわらかさに、ほんの少し心が揺らいだ。
「やはり、君がアリスでよかった」
「どうして私なの? 何かの間違いじゃないの」
 私は呆れながら息を洩らした。しかし相手は首を振るばかり。
「違わない。この僕が選んだのだから、君がアリスだ」
「……自意識過剰」
「白兎はアリスを見間違えたりしない」
 冷たい言葉を投げかけても、その表情は揺るがない。
 私は観念して顔を背ける。それを合図にしたのか、部屋の出口に辿り着いたからなのか、フィンは意味深な微笑を残して私とは反対の方角へとつま先を向けた。

 微笑の端、立ち去ろうとするその背中に向かって、私は精一杯の強がりを言う。
「ここに留まるって決めたわけじゃないんだからね」
「分かっているよ、水面の向こうの少女」
 彼――《白兎》のフィンは振り返りもせずに、また私を置き去りにして歩いて行った。