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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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春の風



 ――― 春休み。
「ん〜♪」
 ギターを膝に抱えながら、航が部屋の床に座り込んでいる。航の前にはレポート用紙と筆記用具。
「……ボクらの……歌が……」
 時々ペンで頭を掻きながら、呟いた言葉を用紙に書き込んでいく。

  
 クリスマスのライブ……というか、クリスマスイブの更に二日前のライブは大忙しだった。
 早朝の恒例ライブの後にジャンボ団地の自治会のクリスマス会への参加、そして、小田嶋氏のライブ待ちの筈が、そのまま午後への初ライブへと流れていったのだから。
「なんか、めっちゃ疲れたなー……」
 帰り道、慎太郎を振り返りながら航が笑う。
「“疲れた”って顔じゃねーじゃん」
 この寒さにもかかわらず、頬を紅潮させて息を弾ませる航の背中を担いでいる椅子で突付く慎太郎。
「もう、今日一日だけで三週間分歌(うと)たって感じ?」
 午後のライブは、早朝と違って立ち止まってくれる人の年齢が自分達に近い人が多かった。その所為だろうか、静かな朝のライブとは違い、手拍子などあったりして妙に盛り上がったりなんかした。
「知らん人ばっかりやのに、なんか、妙に一体感があって、楽しかったなー」
 引き摺る足で今にもスキップをしそうな勢いだ。そんな航を見ながら、
「……午後から、か……」
 慎太郎が呟いた。
「何?」
「ずっと考えてはいたんだけどさ……。もう少しなんとかなったら、“午後”もありかな、って」
 まだ思案中な顔で言う慎太郎に、
「やる!! やりたいっ!!」
 航が瞳をキラキラと輝かせて頷く。
「だから、“もう少しなんとかなったら”って言ったろ?」
「……“なんとか”って?」
 薄々気付きながら航が慎太郎を見上げた。
「手荷物がひとつ減ったらって事だよ」
 肩に掛けた椅子をヒョイと持ち上げ慎太郎が笑う。
「頑張るっ!!」
 ――― まず、これがひとつ目のきっかけ。 ―――
  

 そして、お互いの帰省が済み、新年最初のライブ。年末の約束通り、一時間遅らせて始めたこの日、いつもの顔ぶれに、クリスマス会で見た顔がポツリポツリと混じっていた。
「あけましておめでとうございます!」
 ちょっと遅めの新年の挨拶をして、曲目もガラリと変えて歌った新年ライブ。最後尾には、なんと、ミカと手を繋いだ石田の姿が!! 同時に見つけて、思わず頷き合う三人。
「あん時、歌聴きに来て良かったよ……」
 ミカと顔を見合わせて笑う石田。二人の歌に励まされ、気が付けば彼女までGETしていたりする。
「今日は、一日デート?」
 二人の顔を交互に見ながら問う航。
「んにゃ。午後から練習だから、昼前まで。明日、試合だし」
 そう、ついでにレギュラーの座もGET。
「応援、行くの?」
 今度はミカに質問。頷くミカ。
「ラブラブやん!」
 ニヤリと笑って、石田の脇を肘で突付く。
「うらやましいだろぉ?」
 居直る石田に、
「なんか、ムカつく!」
 航が拗ねて、慎太郎が笑った。
 笑顔で手を振ってラブラブな二人を見送った後、人気が去るのを待っていたかのように、遠巻きにしていた一組のカップルの女子の方が慎太郎と航の前に走って来た。缶ジュースを飲みながら二人が顔を上げると、その女子がペコリと頭を下げる。訳が分からず、首を傾げる二人。
「クリスマス前、二時半過ぎにあそこで……」
 とメインストリート脇の木を指差す。
「あそこでライブしてましたよね?」
「はい……」
 顔を見合わせて同時に頷く。
「あなた達のお陰で、仲直り出来たの! ありがとう!」
 そう言って、二人の手を握り微笑む彼女。
 話しはこうだ。
 初めての二人で迎えるクリスマス。プレゼントを買いに出かけた彼女は、街で他の女の子と歩いている彼を見かけた。その事でケンカになったのだ。たまたま会った高校時代の元カノと行く先が同じ方向だったため一緒に歩いていただけだと彼は言う。腕を組んでいたのは、互いに元カレ・元カノだから、つい違和感なく……。
 “元カノ”自体許せないのに、“一緒に”“腕を組んで”というのが更に哀しくて、クリスマス前のあの日、ケンカして泣きながらこの公園を通りかかった。
 ふと聴こえてきた歌声に足を止める。
  
  ♪ ほら 雨が雪に変わる
  
 まるで二人に慰められている気がして、そのまま、人の輪の一番外に立ち止まった。
  
  ♪ 街中に流れる クリスマスソング
  
 やるせない哀しみを癒してくれるかのような、優しい歌声。
  
  ♪ 君の哀しみ てのひらで溶かすよ
  
 声もなく流れる涙。二人の歌う“I Love You”が胸に痛い。思わず両手で顔を覆って涙を隠した。と、隣に人の気配。泣き顔を上げる訳にもいかず、そのまま下を向いていると、キュッと肩を抱かれた。
「……ごめん……」
 その聞き覚えのある声に顔を上げると……彼……。
  
  ♪ ありったけのボクの気持ち……
  
「…… I Love You ……」
 
 最後にもう一度頭を下げて、幸せそうに微笑みながら彼女は彼の下へと走って行った。
 ――― これが、ふたつ目とみっつ目のきっかけ。 ―――

  
 季節は移り、冬から春へと変わったばかりの三月初旬。
「一年前の曲なんですけど……」
 いつもの場所で、慎太郎の声が響く。
「中学の卒業式の日に歌ったのが、僕らの始まりでした。きっと、一生忘れられない曲です」
 曲は“Graduation”。原曲キーのまま、航の高い声が木立に響く。そして、慎太郎の声がそれを包み込むように静かに響いていく。
  
  ♪ ボクらは ひとつ 大人になる
  
 二人の声が消え、それを追ってギターの音が消えた時、拍手に紛れて何人かの鼻をすする音が聞こえた。
 冬の間、一時間ずらしていたライブ時間。結局、そのままの時間で定着してしまったのだ。理由は、見に来てくれる人が増えた事。一時間遅らせる事で、自分達くらいの年齢の人が増えた。早朝に戻すと、来れなくなるという人が多かった為、この時間で定着となった。
「受験の時、二人の歌を聴きに来て頑張れました」
 泣いていた女子の一人が呟いた。第一志望の高校に落ちてしまったのだと告白。
「私達、高校はみんな離れちゃうんだけど……」
「やだな……。昨日、卒業式でいっぱい泣いたのに……」
 高校は離れるけれど、毎週、この時間にここで会うのだと少女達が言った。
 ――― そして、これが、決定打となった。 ―――
  

「“歌”って、凄いな……」
 帰り道、航が呟いた。
「俺等、ただ歌(うと)てるだけやのに、励まされたり癒されたり……」
「……だな。歌ってる歌は、俺達の言葉じゃないのにな」
 慎太郎の言葉に、航が瞳を丸くして慎太郎を見つめる。
「な、なんだよ!?」
「“俺等の言葉”でも、伝わるやろか?」
「は?」
「“俺等の言葉”でも、今までと同じように、励ましたり勇気づけたり出来るやろか?」
 訊いては来るが、その瞳に“質問”の光は見えない。むしろ、“懇願”に近いものがあった。
「……歌……、作る、ってか?」
 恐る恐るの慎太郎の問い掛けに航が頷く。
「人の言葉を借りるんやなくて、自分の言葉で励ましたりとか、背中を押してあげたりとか……」