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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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クリスマスライブ



 ストリートライブの復帰から、もうすぐ二ヶ月になろうとしている。
 今は、十二月。二ヶ月前は三曲だけだったライブも、今は初めての時と同じ七曲になった。と言っても、相変わらず早朝のライブだから、聴いてくれる人の数は変わっていない。嬉しい事は、いつも同じ顔ぶれが聴いてくれる事。復帰後、一番初めに聴いてくれた男性……名前は“若林照久さん”という……と、三月の三人組……その内の一人は桜林高らしい……、後は朝の散歩に来る人達だ。
 二回目の時に若林氏のリクエストを演奏した事から、妙に氏に気に入られている。ライブが終わると、毎回、自販機ではあるが、ジュースをご馳走になっているのだ。
 そして、十二月の最初の土曜日、いつもの如くジュースをベンチで飲んでいる二人に、若林氏が切り出した。
「今月の第四土曜なんだが、ここ以外に何か予定はあるのかね?」
 突然の問い掛けに、二人揃って顔を見合わせる。
「いや。君達をどうこうしようって訳じゃないんだ。そこの団地に住んどるのは以前も言ったと思うが……」
 若林氏の住まいは、公園の向こうの公団住宅である。
「団地の敷地内に自治会館があるんだよ。そこで、今度の二十二・二十三とクリスマス会をやるんだが、良かったら来ないかと思ってね」
「“クリスマス会”、ですか?」
「自治会主催のものなんだよ。ジャンボ団地だから、毎年、結構賑やかにやってるんだが……。今年は私がその運営に携わる事になってね」
「自治会主催やったら、俺等、部外者やから参加って出来ひんのとちゃうんですか?」
 普通、自治会主催の催し物は、その自治会に登録されている者しか参加できない。ホットレモンティーを飲みながら、航が首を傾げた。
「いやいや、“遊びに”ではなくて、“招待客”としてお願い出来ないかと思っとるんだよ」
「“招待”……って?」
 今度は、ホットコーヒーを飲み終えた慎太郎が首を傾げる。
「ここでやっているような事をクリスマス会でお願い出来ないだろうか?」
「……って……」
「ライブ!?」
 驚く二人に、若林氏が笑顔で頷いた。
「それらしい曲を何曲か演奏してくれると有難いんだが……。駄目かね?」
 少し困った顔の若林氏。二人の手には、空になった缶。
 断る理由は、どこにもなかった。

  
「何年前の映画?」
 部屋で映画音楽のCDを聴きながら、航がココアを飲んでいる。
「そうねぇ……。四十年くらい前かしらねぇ……」
 ミニコンポの前の航と慎太郎に、航の祖母がにこやかに答えた。
 ――― OKしたクリスマス会のライブ。最後の最後に、実に言いにくそうに若林氏がまたもやリクエストを出した。
「……という映画を知ってるかね?」
 昔、まだ結婚する前に奥さんと観た映画らしい。それを観た後に、プロポーズをしたといういわく付きの映画なのだ。そして、クリスマス会の当日は三十回目の結婚記念日なのだと言う。それを演奏したところで、奥さんが気付いてくれるかどうかは分からないが……。
「ドサクサに紛れて、プレゼントをだね……」
 言いながら、若林氏が真っ赤な顔で俯く。きっと、普段は無口で亭主関白なのだろう。若林氏の様子を見て、後押ししたくなった二人が頷いたのは言うまでもない。
 その日の午後、レンタルショップを回って映画音楽のCDを探しあて、そのまま堀越宅へなだれ込んだ。
 耳にした事しかないような映画のタイトルが並ぶCDジャケット。リクエストを受けたのは四曲目。他の曲達には申し訳ないが、とりあえず、問題の曲だけを流す。
「……ふーん……」
 映画のあらすじを読んで頷く航。可愛らしい旋律がワルツのリズムにのって流れ出す。
「クライマックスのダンスシーンの曲みたいやで」
「だから、三拍子?」
「多分……」
 諸事情でパーティーに行けなくなったヒロインとそれを迎えに来た相手役が、もう間に合わないダンスタイムに合わせて、人のいなくなった公園で二人だけのダンスタイムを楽しむ……。そんなシーンの曲だった。
「ラストはプロポーズしてハッピーエンド、やて」
 笑顔を向けてくる航に、
「若林さん、映画と同じ事をしたわけだ」
 慎太郎がフッと笑った。
「意外とロマンチストだな」
「ほんでもって、照れ屋やし……」
 “あの時、真っ赤やったやん?”と航がクスクス笑ったところで、祖母が温かいココアを淹れて部屋へ入って来た。
「あら、懐かしい曲ね」
「祖母ちゃん、知ってんの?」
「毅志が学校に行ってる間に、お友達と観に行ったのよ、何回も……」
 当時、小学生だった航の父がいない間に、ママ友と行ったらしい。
「何年前の映画?」
「そうねぇ……。四十年くらい前かしらねぇ……」
 “懐かしいわ”と祖母。どうやら、女性受けする映画だったようだ。
「綺麗って言うより、可愛い曲ですよね」
「主演女優さんが、そういう感じの人だったからじゃないかしら?」
「これ?」
 その言葉に、付属の説明書にある主演女優の写真を指差す航。
「そうそう! この人!」
 航から手渡された説明書を手に、
「相手の子爵役の人がステキでねぇ……」
 祖母はすっかり映画の世界の中だ。
「……楽譜、探さなきゃな」
 ココア片手に慎太郎がコンポを指差す。
「なんか、有名な映画みたいやから、ちゃんと出版されてそうやん?」
「本屋……じゃ、ないか。図書館とかに置いてないかな?」
「行ってみる?」
 時計は二時半を指している。
「そーだな」
 CDを聴き入っている祖母に、楽譜を見付け次第すぐに戻る事を約束して、二人は中央図書館へと向かった。

  
 市立中央図書館。
 中学校への道を手前で左折。そのまま、道路を渡って、地域一の広さの児童公園を抜けると、すぐ目の前に建っている。受験勉強の為、木綿花と三人で通った図書館だ。
「ここに“小弥太”が居(お)ったんやな……」
 遊具が並ぶ広場の手前の植え込みを指して、航が呟いた。去年の夏、ここで拾った子犬は、今やすっかり大きくなり、癒し系の番犬として堀越家にデーンと構えている。
「ちょっと休んでくか?」
 先週の診察で、杖が取れた航。まだ右足は思うようには動かないが、杖なしで歩けるようになったのだ。
「んーん。平気。図書館、すぐそこやし」
 右足を重そうに引き摺りながら、公園の向こうを指差し笑う。
 肩で息をしながらも、杖なしで歩ける事が嬉しくて……。実は、ライブに行く途中もはしゃぎ過ぎて寄り道しそうになるのを慎太郎が「疲れるぞっ!」と何度止めた事か。
「春にはな……」
 公園を抜けてすぐに航が慎太郎を見上げて言った。
「春にはな、椅子なしでライブ出来るようになるから!」
 図書館への信号が青に変わった。

  
「五曲くらい?」
「だな。あんまり居座るものでもないだろうし、ストラだってあるんだし」
 戻って来た堀越宅で、クリスマス会当日のメニューを決める。いくら招待だからといっても、ダラダラと演奏する物でもないだろう。その上、朝は公園でのライブもある。そんなに沢山は覚えられない……というのが慎太郎の正直な気持ちだ。
「自治会のクリスマス会って……。年齢層とか分からへん」
「子供と親と年寄りじゃねーの?」