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第2話 『無自覚なイデア』



「行くぜ、委員長」
「あの、私、みっちゃんと…」
「あん?」
「だから、いつもみっちゃん達と食べてるから」
「毎日ってわけじゃねえだろ」
「でも、今日は」
「あや! あたし達はいいから、行ってきなよ!」
 語尾を思い切り外国人発音(というかCMで聞くようなHIP-HOP(?)系の発音)にして、みっちゃんは私に手を振った。自分たちの輪に誘ってくれないんだね…。ちょっぴり寂しいよ。分かるけど。理解出来るけど!
「――だそうだ。文句は無えよな? 委員長」
 私のお弁当袋を勝手に掴んで、在原君はにやりと笑った。私は観念して、在原君とお昼御飯を摂ることにした。
「どこで食べるの? あ、在原君お弁当持ってないんだ。じゃあ学食?」
「部室」
「へ」
「口開いてる。……虫入るぞ」
「在原君。私は部員でもマネージャーでもサポートでもないんだけど」
「学食じゃ目立つだろうが」
「部室に向かう道のりで目撃されたら同じなんじゃあ…」
「じゃあ教室が良かったかよ」
「それも……ええと、じゃあ屋上は? 誰かいたら部室でいいから…」
「教室出た時点でどっちも一緒じゃねえか? ……別に、いいけどよ」
「ありがとう」
 ほっとしながらお礼を言って、「あれ? ここって私がお礼を言うところだろうか」とふと疑問に思ったけど、歩みが遅くなってしまって在原君から離れてしまったので、慌てて背中を追いかけた。
 途中で購買を見つけた在原君は立ち止まってパンやらおにぎりやらを適当に買い込む。あの在原君が?と私は少々失礼な驚きに立ちすくむ。だって、学食でスペシャルメニューをいつも食べているとか(当然メニューにはない、彼専用という噂だ)、高級料理店から出前を取っているという話をよく聞く。教室で食べているところを全然見ないから、真偽の程はクラスメートでさえ知らない。
「あ、じゃあお弁当袋、私が持つから……返…いえ、何でもないです」
 睨まれた? もしかして私、睨まれた?
 在原君は私のお弁当袋とパンとおにぎりとその他飲み物を全部持って、屋上への扉を開けた。
「誰もいねえみてえだな」
「よかった」
 在原君はフェンスの近くに腰を下ろした。
 胸を撫で下ろした私はその向かいに座って、在原君が置いたお弁当袋に手を伸ばそうとして……目の前でするりと奪われた。
「ええと、在原君。私のお弁当を返して下さい」
「ん」
 短く言って差し出されたのはさっき在原君が購買で買ったパンだ。
「俺はこっち食うから。委員長はそれ食えよ。意外とうまいぜ?」
 食べたことあるんだ……在原君なのに。
「じゃなくて、私のお弁当…」
 袋から取り出された、スーパーで買った普通のお弁当箱。
 在原君はその蓋を開けて、箸箱から私の箸を取り出して綺麗に握った。
「頂きます」
 ちゃんと言うんだ、在原君。
 もし言わなかったら私が突っ込んでいたかも知れないけど、突っ込みどころはそこじゃないけど、ああ在原君それ私のお箸なのにそりゃあ洗っているけどでも気にならないのかな、いやいやそうじゃなくて中身なんて大したことないのに申し訳ないやら居たたまれないやら、でもそれ私のお弁当……
「これうめえな」
「あ、それ、昨日の夕飯の残り物なんだけど、私が作ったの」
「母親じゃねえの?」
「母さんも時々作ってくれるけど、大抵は私が作ってるから」
「ふーん」
「ごめんね。もしかして母さんが作ったの期待してた?」
「いや? 何となく、委員長の食ってるものを食いたかった」
「そ、そう?」
「お前も食えよ」
「じゃあ、頂きます」
 私は手を合わせて、在原君の買ったパンに手をつけた。
「在原君、購買のパンなんて食べたことあるんだ」
「昼休みつぶれた時は購買で買って持ってくから」
「ああ、そっか。うん、確かにこれ、おいしい」
「……だろ。あんま期待してなかったんだけどよ、意外といける」
「でも、パンが三個におにぎり二個は……さすがに入らないよ?」
「小食か?」
「いや、普通だけど……普通の女の子はこんなに食べないよ。小さいならともかく」
「そうか」
 在原君は分かった、という風に頷いて、箸を進める。
 私は一個目のパンをあまり噛まないように飲み込んで(じゃないと、せっかく買ってくれたのだからあと二個くらいは食べたいのに、お腹に入らなくなってしまう)、おにぎりに手を伸ばした。……私、そんなに食べるように見えていたんだろうか。確かに痩せてはいないけど、太ってもいないんだけどな。残念ながら一度として外れたことはない、あくまで普通の範疇に留まっている私の体重。
「委員長は、」
「うん?」 すっかり在原君は私をこうやって呼ぶようになってしまったなあ、と思いながら顔をあげると、「部活はやらねえのか?」と続けてきた。
「私、特にやりたいって思うものなくて」
「文化部もか」
「何となく文芸部員だと思われたりしてるけどね。文化部も……ものすごくやりたいって思うのはないかなあ。放課後の時間は好きなことに使いたいんだよね。特定の何かじゃなくて、その時の気分で決めたり。まあ大抵、読書なんだけど」
「ファンタジーが好きなのか?」
「うん……て、あれ? 言ったっけ?」
「いや。前に読んでたの、そうだろ」
「同じのばっかり読んでるんだけどね。あ、でもミステリも読むよ? 最近は劇作家の書くお話とかにも興味があってさ。在原君は何か読んだりするの?」
「大抵は洋書だな。辞書引きながら読んでる」
「……さすが…」
 世界が違うね、うん。
 お茶のボトルに手を伸ばすと、キャップを外して口をつけた。
「あ!」
 どうしようもないのだけれど、身構える。「どうした?」と尋ねてくる在原君に返す言葉よりも、ドアを開け屋上へ来ようとしていた女子からどうにか逃げられないかを考えた。……無理に決まってる。
 女子は友達と屋上で昼食を摂ろうとしていたらしい。
 けれど私と在原君を……多分、在原君と私(の順だろう)を見て、逃げてしまった。ああ、見られてしまった。
「何気にしてんだよ」
「気にするよ…」
 私は気持ち肩を落として、お茶を飲んだ。――ちょうど一週間前。
 私は思い出す。雨がひどかった、水曜日の朝のことを。
作品名:恋をするスプートニク 作家名:覇王