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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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第2章「審判の時」



 建物の中に入った春江は、すぐさま凄い力で建物の中央へ引き寄せられようとしていた。春江はびっくりして抵抗し、踏ん張ろうとしたが、抗う間もなく飛ばされてしまった。
 飛ばされた先には、木製の椅子があり、気付いたらその椅子に座っていた。辺りを見渡すと椅子が沢山並んでおり、他の罪人も同じように、吸い寄せられるように引き寄せられ、椅子に座らされていた。
 しかし、春江が周りを見渡す余裕があったのはそこまでだった。いつの間にか目の前にCDのような光沢のある円形のディスクが現れ、それが額の中に入り込もうとしていた。春江はびっくりして、思いっきり身構えた。椅子に座っている春江は拘束具をつけられているわけではないが、何故か身動きがとれない。抵抗しようにも一ミリたりとも動けないのである。
「あ……あ……」
 未知なるものが体に入る恐怖から、思わずうめいてしまった春江であった。だが、身構える割には一切痛みを感じなかった。とは言うものの、体内に何かが入ったという異物感は確かにあり、得体の知れない感覚に身震いした。
――――ウイーン
 という音と共にディスクが額の中に入っていった。その後、
――――キュルキュルキュル
 まるでディスクが回っているような音が頭の中で響き渡っていた。春江は、頭にある異物感に不快な思いを抱いていたが、それもすぐに感じなくなってきた。
 目を開きながらも夢を見ているかのように様々な映像が浮かんできたのである。
 この映像は、この世に生まれてから死ぬまでの間の人生が猛スピードで再生されたものだった。走馬燈とはこのことを指すのだろうか。一年がものの数秒で再生される。あっという間の出来事であるにもかかわらず、その瞬間瞬間が具体的に思い出される。その間も頭にあるディスクは忙しく回転していた。
 死ぬ瞬間が映し出された。しかし、物語はまだ終わらなかった。死んだ後の出来事もまた同じように猛スピードで再生されていった。そして、地獄に墜ちた瞬間を迎えると時間がゆっくり動き、映像の再生が終了した。
 その直後、ディスクの回転も止まり、額からディスクが飛び出してきた。するとこのディスクは宙に浮き、ふっと消えていった。
 このディスクは魂の記憶を記録し、コピーする道具であった。まるで、パソコンでCDーRにデータを保存するように、魂そのものにディスクを突っ込んで記録するのである。人生全てを記録し、それを裁判官がデータを解析することにより判決の材料にするのである。検察事務官により記録とディスクのデータによって罪人のほぼ全ての情報が収集される。だから、本人による供述や証拠の立証などは全く必要ないのである。
 春江も同様で、そのディスクに春江のほとんどの情報が詰め込まれた。ダニーやトロンが抱いた「何故春江が地獄にいるのか」という謎の答えも全て詰め込まれていた。しかし、この情報をどのように使うかは裁判官次第。そういう意味では、罪人達の情報を一括管理する裁判官の権限はきわめて強いと言えるだろう。
 ディスクによる記憶のコピーが済んだ春江は椅子から解放された。目の前に大きな扉がある。次はその扉の奥に進むのだと春江は直感した。
 扉の奥は、裁判所である。いよいよ判決を下す裁判官と対面することになるのである。
 椅子から立った春江は、まるで導かれるかのように扉まで歩いて行った。
 扉の奥の部屋は、教会のようにステンドグラスで彩られた壁に、様々な彫刻が施されている。これまでの埃っぽい廃墟のような部屋とはうって変わり、豪華な内装だった。それは、地獄でありながら、特別な場所だということを象徴するものだった。
 春江は周りを見渡しながら、ここで何が行われるのか考えていた。しかし、照明が灯されておらず、薄暗い中では何かあるのか見渡すことができなかった。目をこらしてみても、床には椅子や机などが全く置いておらず、判断するには情報が乏しといった感じだった。
 暫くすると、元来た扉が音もなく閉じ、ますます暗くなった。すると、春江の前方にスポットライトが当てられた。そこはバルコニーのような空間になっており、一人の天使が座っていた。
 その天使は春江は見下ろしながら手にしたディスクを機械の中に入れた。このディスクは先程、春江の記憶を記録したものである。機械から伸びた紐を手に取り、その先にあるリングのような輪を指にはめた。
 天使は、目を閉じながら、小さく頷いている。どうやらリングから春江の情報が天使に届けられているようである。しかし、暫くすると、急に顔色が変わった。キリッとした目つきをしながら勢いよく目を開けると、明らかに不快な表情をした。
 その様子を春江は不安そうに眺めていた。天使が何をしているのか皆目見当がつかなかったからである。
 天使はおもむろにパソコンを開くと、無言でキーボードを叩いた。暫くすると「城島春江」と書かれたページにたどり着いた。天使は何度かエンターキーを押すと、更に不快な表情を浮かべ舌打ちした。
「はぁー。だから次長の私に判決を下す令が下ったのだな」
 そうため息混じりに呟く天使の前には、検察事務官であるトロンが記録した「慈悲」「愛情」「自己犠牲」などの言葉が並んでいた。
 天使はようやく春江に目を向けた。そしてゆっくりと口を開く。
「私は、カロル・ジンガ、刑事裁判局次長。別名、閻魔天である」
 例の如くカロルの横に火柱が立つ。しかし、その火柱には、蓮の葉や仏の顔などの模様があり、次長としての格の違いが垣間見えた。
「私は汝の人生全てを包括し、その罪から、刑を言い渡す役目にある。既に判決は確定しているが、それを言い渡す前に、何故その判決に至るのか説明しよう」
 すると、カロルがいるバルコニーよりも更に上部にプロジェクターのような光が投影された。何もない空間だがそこがスクリーンのようになって映像が映し出されたのである。
 映し出された映像は、ゴミが散乱した古びた洋館の一室であり、窓の外は朱に紅葉した葉が降り注いでいた。部屋の中央に天井から吊されたロープがある。その先は首が掛かるほどの輪になっていた。暫くすると、そこに春江がやってきた。無言でロープを首にかける春江。あっという間に絶命した。
「汝は、自ら首をくくり、死亡した。自殺は、転生管理法第二四条により禁止されている」
 春江は黙って映像を観ながらカロルの言葉を聞いていた。
 映像の場面は神社のような場所に移った。神社の拝殿、つまり、ご神体が収められている神聖な場所に踏み入れている春江の姿が映し出されていた。その拝殿の奥にあるご神体であろう鏡を手に取り駆けだしていった。けたたましいサイレンを尻目に春江は一目散に逃げた。
「この神社のご神体である神仙鏡は、霊的なエネルギーを司る神器である。地脈管理規則第百三十九条に違反している」
 春江は自分がどんな罪でここに来たのか分かっていたが、改めて罪を犯す様子を見せつけられると、とても辛かった。身じろぎもせずに映像を向き合ったが、今すぐにでも逃げ出したいという気持ちに苛まれた。しかし、その心中を察し、更に追い込もうとカロルの言葉が続く。