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under rain ~地下に降る哀しみ~

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プロローグ Sois afflige pour tomber sous la terre premier



 人類の過度な繁栄を抑制するかの如く、全世界を巻き込んでの戦争が繰り広げられる。
第4次世界大戦、全190ヵ国総勢60億人が自国の繁栄をかけて血で血を洗う戦いを30世紀初頭から35世紀末まで続けた。
親が死ねばその子供が。子供が成長して子孫を残し、そして戦い死ねばその孫が。復讐の復讐で復讐される終わりを見ない惨劇が500年経ってやっと終わった。それまで特に目立つ事もなかった大日本帝国が、列強国のアメリカ合衆国・中華人民共和連国・聖ロシア連邦を押し退けて戦争に勝利するという呆気のない幕引き。人類史上最悪の核兵器によって、日本は世界に終止符を打ったのだ。
世界は荒れ果てほぼ全域で急激な砂漠化や大気汚染等の環境負荷を与え、国は100ヵ国に減り人口は40億人に及んだ。戦争前から危険視されていた地球温暖化も合わせて、青い海に多くの緑が見えた地球はもはや枯れた大地に成り下がっていた。
日本も例外なく首都圏以外は核の影響でほぼ無人化したが、荒れた環境の中でも科学技術のみが発展している。関東では核の冬による大規模環境変動で人為的に氷期が発生するも、温室効果ガス装置(HGD[Heat-trapping Gas Device])で極寒の気候に対応する事が出来た。関西では核戦争を原因とする環境破壊で全域が砂漠化するが、人口オゾン層(AOL[Artifical Ozone Layer])で強烈な紫外線に守られている。人間の心は荒み上辺だけの平和が日本に訪れた。

 日本は大統領制を採用し象徴的天皇を君主にした結果、皇帝が誕生する。以後は皇帝・芳澤による絶対王政で国民を統治した。それと並行するようにして展開された、人類削減計画により日本を地上と地下に隔離する法案が執行された。日本の地上を<サンシャイン>、日本の地下を<ムーンライト>と呼ばれる。その狙いは自国の反乱因子や事件発生率を大幅に削減する事だった。最終段階の人類削減の布石に過ぎなかったのだ。
ムーンライトは戦火の大痣を闇に捨て去る為に生まれた新たな国。地下に造られたアンダーグラウンドカルチャー、本物の太陽を浴びる事のない地下都市。
その人口はサンシャインで不要の烙印を押された者達で構成される。過去に犯罪歴を持つ者・現在、国の更生機関に収容されている者・現在、指名手配中の者・反政府団体及び非公式組織に在籍する者・戦闘的人類及び過去の戦争等に出兵経験のある者・それら全てを含む親縁者及び家族をムーンライトへと強制連行されたのだ。サンシャインには、非戦闘的人類のみが残った。
犯罪者の排除と反乱者の制圧、残った人間は崇高なる新人類として新境地を手に入れる。政府の算段は、緻密に構成されつつも大胆不敵に展開された。
数々の問題を無視して敢行された強制連行に、もちろんの如く反対の声を上げる者も多かった。だが、それら全ての人間を力付くで降伏させ、ムーンライトへと送還されていく。反発する事がそのまま死ぬ事に繋がると知った者は皆為すがままに事態を受け入れるしかなかった。
憤りや怒りを抑えた民衆は、ただ反旗を翻すチャンスを待っていた。いずれ必ず来るであろう千載一遇のチャンスを、ただ待ち望んでいたのだった。そしてムーンライト創設2年目、終わった筈の血みどろの戦いが再び燻り出すのだった。戦争がもたらすのは勝利の美酒でも敗北の苦汁でもない。果てしのない空虚な孔を、日本は抱える事になるのだった。
故にムーンライトにおいての真理は、弱肉強食が唯一君臨する。殺すか殺されるか、正しくありたければ相手を力で屈服させる以外に手段はない。力の無い者は野垂れ死に、力の有る者は覇者の道を行く。不条理など存在しない。ただ刻々と過ぎ去っていく時間に自分の思い描く世界を作りたくば、夢を語るのではなく相手を凌駕する力を付けろ。

 西暦4000年。ムーンライトは混沌の時代を迎える。力が力を支配して、悉くこれを有為転変と様変わりしていく。機密暗殺組織<刹那>に在籍する少年で殺し屋<黒猫>は、その渦中において孤独と共に生きる。

 まどろみの中で意識を覚醒させた黒猫。薄く靄のかかった昨日の記憶を逡巡させた彼は、しばらく放心したまま自宅の天井を見上げていた。
酒を大量に飲んだ副作用が性質の悪い頭痛となって彼を蝕む。誰と飲んでいたのかは、すでに黒猫の記憶の中からは消え去ってどうでもいいものとして処理されていた。彼の右ポケットから着信を告げる機械音が響いて、無表情の顔に少しの苦悶が浮かぶ。
「刹那本部社長室、ボス様。より着信があります。通話に移る場合はスタートボタンを押してください」
ショートの赤い髪を後ろで結い上げた少女のホログラムが黒猫の横に照らし出される。彼女は黒猫の所持する携帯電話カスタムフォンの専用AIのエルというプログラムだ。40世紀において、スマートフォンの常識は専用AIとカスタマイズアプリの存在で変革を遂げた。

「・・・・ボス、依頼ですか?」右ポケットに手を突っ込んで中央部の小さな突起を押す黒猫。
気だるさを一切隠そうともしない彼の声に、ボスと呼ばれた威厳ある声の持ち主は呆れたように言葉を返した。
「お前は相変わらず常識外れだな。普通目上の人間がわざわざ電話してきたのなら、それ相応の態度を見せるのが常識。マナーだろう、ん?」
現在の時刻は午後6時を少し回った頃。殺し屋という不規則な生活リズムにおいて、この時間帯は早朝に値するものだ。黒猫の気だるさも理解出来る範疇ではあるが、それにも臨機応変に対応するのが一般人の資格だ。ボスは小言を延々と垂れ流しているが、黒猫は半分睡眠状態で話を聞き流していた。
「・・・・依頼ですか?」ボスの話が一般常識から最近の若者についての愚痴に発展した頃、黒猫は鋭角に本題へと切り込んだ。
「おぉ、すっかり忘れていた。急な仕事なんだが、今夜中に結果が欲しいときた。お前なら適任だろう」
ボスは急旋回で仕事モードの声に切り替わる。流れるように依頼内容を伝えて、詳しい要件をメールで送ると告げると通話を切った。
数秒の後に今度はメールの着信音が鳴る。ホログラムによるスクリーンに受信されたメールが表示。ターゲットのプロフィール・依頼事項・依頼主の簡易情報を順に流し読み、黒猫はメールスクリーンを解除した。
「さきほどの通話内容・メールを元にスケジュールを作成しました。後ほどご覧ください」機械的に微笑んだエル。
AIの笑顔をまだまだ不自然で人間社会とは隔絶されている。AIの人間性にはそれを扱う人間による教育が必要不可欠。社会一般の人間性を植え付ける行為は、AIにとっても人間にとっても性格の不和が起こる可能性を孕む。その為カスタムフォンの専用AIには、最小限の理性と無限に成長する学習システムを持って出荷される。
黒猫はようやくベッドから起き上がって寝室からダイニングキッチンに移動し、棚から粉末のミルクティーを取り出して熱湯と共にマグカップに注いだ。紅茶の香りとミルクの風合いが程よく混ざり溶け合い、絶妙な甘さを持って彼を満足させる。