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百害と一利を天秤にかけ

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2. 思い出がボロボロ




 あたたかい。ここちよい。

 おとうさんにおんぶしてもらうのがすきだった。おにいちゃんにはからかわれたけど。おかあさんはわらっていてくれた。
 優しい家族の、おもかげが、うまく思い出せない。


 また気絶オチかよ、と呟いて目を開けた。ぐらぐらと身体が揺れる。一秒で把握できたことは、自分の足が地面を踏んでいないことと、目の前に密着した誰かの背中の存在感。
「うっわあああ」
 喚いて突き飛ばしたら落下したのは自分だった。どすん。「あいたっ」緑。草の匂い。夕暮れの気配。
 地に足がついた感覚。というかまあ、ついたのは尻もちなんだけど。
「あら、気がついた?」
 見上げると、清楚系美女の微笑みが視界いっぱいに広がった。
 穏やかな眼差しと緩く弧を描く口元、長い髪の深い黒色。
 容貌端麗才色兼備の我らが生徒会長・早坂桜花がそこにいた。
「桜花? あれ? えっと」
 きょろきょろと辺りを見回すと、すぐそばに桜花の双子の弟・秋水もいた。さっきの背中は、こいつか。
 桜花はしゃがみこんで私に手を差し伸べた。混乱したままの私は茫然と、その手を眺める。
「ここはどこ?」
「学校の裏山」
「わたしはだれ」
「ハリハラミチル。私と秋水クンのクラスメイトで大切なお友達よ」
 ここぞとばかりににっこりと、笑みが深くなる。そろそろと伸ばした私の手を引っ張り上げたのはなぜか秋水だった。
「姉さんの力じゃ立たせられないだろう」
 言葉通り、結構強引に立ちあがらせられた。
 ああ、イケメンに手を握られた。じゃなくて。
「さ、帰りましょうか」
 じゃなくて!
「あの、私、その、変態が、」
 うわああやっぱり上手く言語化できない。ああそういえば、と触れた頬の傷はかすり傷程度だったようで流血はしていないようだと思うと同時に「さっきまでのあれは悪夢じゃなくて悪い現実!」という曲げられない事実が肩に重くのしかかった。ような気がした。
 まあそれならそれで、と、混乱は一瞬で収まった。
「変態さんは?」
 私の唐突な質問に秋水は怪訝そうに眉を顰め、桜花はにっこりしたまま首を傾げた。
「未散」
 上品な声が優雅に私の名を呼んだ。
「貴女疲れているんじゃない?」
 おうふ。ちょっと頭のおかしい子扱いされてしまった。続いて秋水が口を開く。
「針原はここで一人で倒れていた」
「秋水クンはトレーニングのためにこの山へ走りに来ていて、貴女を見つけたの」
「相変わらず修行僧のような奴だなぁ秋水は」
「ここで、なにかあったの?」
 美人の真剣な眼差しが問いかける。
 私は、はぐらかすことにした。
「ウン、なんかへんな虫に遭遇して、慌ててすべって転んで頭打ったかなんかしたみたい」
 少しの間意識を失っていたようだから、正確なところは自分でもわからないけど。という付け足しはそれなりに信ぴょう性があったようで。
 見目麗しい姉と弟はそれ以上何も追求しなかった。
 念のため病院に行ったほうがいいんじゃないか、と生真面目な弟が生真面目に発言して、めんどくさいと私が言って、姉が笑った。

 二人は私を寄宿舎まで送り届けようとしてくれたけれど、適当なところで「大丈夫だから」と振り切った。私の身体は本当に何ともなさそうだったし、精神もまあ落ち着いているし、山から下りれば普通の人々が暮らす普通の銀成町がそこにあったわけだし――こんなになにもかもが普通だったら、面倒ばかりかけられない。
「それじゃあ、また明日」
「うん、ええと、ありがとう」
 何となく照れが混じる私の言葉に桜花はくすりと笑い、秋水は何の反応も示さない。と思いきや、「一人で裏山に入るのは控えた方がいい」とか、優等生っぽい忠告が飛んできた。
「そうね、最近、変な噂多いもの。オバケが出たとか怪物を見たとか」
 続く桜花の言葉はなにやらファンタジーだった。
「……ふたりはそういうの信じる派なの? 意外なんだけど」
「んー、そういうわけじゃないけれど」
「火のないところに煙は立たない」
「っていうことで、用心するに越したことはないわ。何事もね」
 流石は双子な息ぴったりの台詞分割。
 まあ実際、わたしはへんたいさんにそうぐうしたわけだしなぁ。そのことはあとで考えるとして。
「……じゃあまあ善処します。桜花たちも気をつけてね。秋水がいりゃ大丈夫だとは思うけど」
 ああ、と秋水は頷いてさっさと背を向けて歩き出した。
「改めて、また明日」
 桜花は笑って手を振った。並び歩く双子の背中。あまり見つめ続けていると、要らない感情が湧いてきそうだ。
 寄宿舎へと向かって歩き出す。帰ってもひとりぼっちだけど。
 私はあのふたりぼっちと違って、どこへ行こうとひとりぼっちなのだけど。

作品名:百害と一利を天秤にかけ 作家名:綵花