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百害と一利を天秤にかけ

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1. 未知との遭遇




 「お嬢さん」と声をかけられた。独りきりだったはずの山奥の森林に気配も前触れも何もなく声が声だけで出現した。不気味なことだ。でも話しかけられたら、それが背後からだとわかったら、まずは振り向いて相手の顔を見るのが礼儀だ。
「こんなところに一人でいたら…」
 続けて話しかけられた。私は振り返った。だがそれは間違いだった。人として当然なはずのその行動はこの先の私の人生に決定的なダメージを与える大間違いだった。
「……食べられてしまうよ」
 しゃがんだまま振り返り声の主を仰ぎ見ようとした結果、私の眼前に現れたのは、ぴったりフィットな黒のスーツと、それに描かれた蝶のマークでもって不必要なほどの強調がされた、男性の股間だった。
「うわぎゃああああああ!!」
 バサバサバサバサバサと鳥が飛び立つ音を聞いて、視界、暗転。



 目を開いたら空の青。なんだか、とんでもない、悪夢を見た、気が。最後まで考える前に、視界の枠から蝶々仮面がすっと現れた。
「起きたか」
「ひっ」
 なんか反射的に変な声が出た。そしてうまく呼吸ができない。やばい。これはやばい。心臓がすごい勢いで活動を再開して、でも身体は震えだしそうだ。
 状況把握。私は、変態さんに遭遇した。
「人の顔を見るなり奇声を発して気絶するとは貴様はいったいどんな教育を受けてきたんだ」
 見たのは顔じゃなくて股間なんだけどな! なんてツッコミをいれる余裕は今の私にはない。蝶々仮面の変態スーツに常識を説かれるなどというこれ以上なく屈辱的な状況下で、私はとにかく、起き上がった。改めて目の前の変態さんの姿をこの目で確認する。
 真っ先に目につくのは顔面のパピヨンマスク。そして全身を覆う黒スーツは胸から腹へかけてざっくり開いていて、えーと、露出狂? そういえば股間に妙なアクセントついてるし…。とにかく今までこんな形状の服を見たことがない私には説明もままならない。あとで人に話すときどう言えばいいんだ。そこまで考えて私ははっとした。この出来事を誰かに話すような未来が、私に訪れるのだろうか? 忘れるところだった。変態さんは今も私の目の前に突っ立っている。私は依然危機的状況に立たされているのだ。
「銀成の生徒か」
 危険人物が口を開いた。所属がばれるのはまずいような気がしたので「いいえ」と嘘をついた。受け答えより大事なのは如何にして立ち上がり、そして走り出すかということだ。とにかくこの場を逃れたい。変態さんを視界から外さないようにしながらも直視を避けつつ周囲を窺ってみる。見回すまでもなく、助けはまず期待できない。鬱蒼と生い茂る木々は時々風に葉を揺らすけれどそれ以外に音らしい音はなく、人の声や足音などはもってのほか。ていうかここには何度も来たことがあるから、人が滅多に通らないということは経験的にわかっていることなのだ。
「では貴様はコスプレイヤーか」
「それはむしろあんただろっ!」
 は。思わず思い切りツッコミを入れてしまった。ていうかコスプレイヤーて! 脈絡ないにも程が……。
「あ」
 自分を見下ろしてみた。銀成学園の制服姿だった。
「バカじゃないの私……」
「ああ、馬鹿だな」
 変態さんが律儀に相槌を打って私にとどめを刺した。
「それで、愚かな貴様はこの場でいったい何をしているんだ」
 項垂れる私に追い打ちのような罵りのような会話のような声が降る。正直会話とか続けたくないんですけどこれはもうダメかもわからんね。
「なんでもないですこれがわたしの帰宅経路なのですどうぞお気になさらずに! それでは失礼致しますっ!」
 もうヤケクソだ。私は立ち上がって、逃げの一歩を踏み出した。
「墓、か?」
 三歩目でぴたりと足が止まってしまった。ざり、と、私がしゃがみこんでいた場所へ、墓石に見立てた青味がかった大きな石へ、彼が近寄る音がした。
「やめ……っ!」
 言葉になりきらなかったけど、制止は伝わって、変態さんは歩みを止めて私を見た。問いかけの視線。私が返すのは拒絶の視線。彼はつまらなそうにフンと息をついた。
 ああ、なにやってんだ私。この場から逃げるチャンスだったのに。

 そんなに、大事なものだったっけ?
 …………いや待て、違う。逆だ。逆じゃないか。
 なんで、私は、この場所で、自分の命だとか安全だとかをこんなに必死に守ろうとしているんだ?

 そう思ったら、すうっと肩から力が抜けて、平常心が戻ってきた。
「どうした」
 つまらなそうなパピヨンマスクはつまらなそうなままで私を眺め、見下し、観察する。
「お墓なんかじゃあ、ない」
 平坦な言葉が滑り出る。
「みんな、骨すら残さずに消えちゃったんだから」
 見つめる先は足元。生い茂る緑色。瞬きの瞬間に赤い色がフラッシュバックしたような気がした。変態さんはどんな顔で聞いているのだろう。ああ、感傷に付き合わせてしまっている。
 私は顔をあげた。
「私がここで何をしてるのか、だっけ? その質問はそっくりそのままお返ししますよ」
 マスクの向こうの目が興味深げに細められる。
「私は定期的にここに来るけどあんたに会うのは今日が初めてだ。あんたは何をしに、こんなところに?」
 パピヨンマスクの変態さんは少しだけ首を傾けて、こちらを見ている。観察の視線。さすがに気味が悪く、私が眉根を寄せるとようやく彼は口を開き、嗤った。
「散歩だ」
「は」
「ただの散歩を目的に今日俺はこの場所を訪れたのだと言っている」
「あああ!?」
 濁点がついてそうな「あ」を発音してしまった。私ってばなんて柄の悪いじょしこーせーなんでしょう!
「変な女だな、貴様は」
「へ、変とか、あんたにだけは言われたくないんだけど! 散歩の途中ならもうどっか行けばいいじゃないですか!」
「貴様に興味が湧いた。俺の質問に答えろ」
 なん……だと……。
「貴様はここで、何をしている」
 愉快そうに口元を歪めて、有無を言わさぬ迫力で、パピヨンマスクは質問を繰り返す。
 なんだこの状況。なんなんだこの状況。
 選択の余地が無いわけでは無い。立ち上がることはできたし、頭も冷えた。私は走り出せるだろう。逃げだすことができるだろう。
 だけど、もはやそこまでの危機感が感じられなかった。
 なぜなら目の前のこの変態さんは見てくれこそ立派な変質者だが言動は理性的だ。コスチュームはマジ狂ってるけど、ちゃんとした会話はできている。私に興味があるっつうんなら、ちょっとくらい話をしてみたっていいかもしれない。
 ああ、そうだそうだ、これが本来の私だ。やれやれ、随分と取り乱してしまったもんだ。
 息を吸って、言葉を吐きだした。
「家族が死んだんだ」
 唐突な私の言葉にも、パピヨンマスクは眉ひとつ動かさない。
「十年前にここで私の父親と母親と兄が死んだんだ」
「そうか」
「うん」
「それだけか」
「え? ああ、うん、それだけかな」
 別に、ご愁傷様でしただとかお悔やみ申し上げますだとかそういう言葉を期待したわけじゃなかったけれど、それにしても冷たい反応だ。いや、冷たいというよりは……あの眼は……。
作品名:百害と一利を天秤にかけ 作家名:綵花