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あぁ、麗しの君

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夏休み



夏休み。…そうとは言っても高校2年の夏休みはどの学年よりも課題が多い。
もしかすると学生生活で最も課題の多い年かもしれない。ほとんどの学生がぎりぎりまでためてしまうものである。

四谷夏那もその類に及ばないタイプだった。
四谷は深々と溜め息をついた。
彼にとって溜め息はすっかり習慣化してしまっている。
嬉しい時も辛い時も溜め息をついていればそうなるのも無理はない。
四谷はすっかり伸びたTシャツでパタパタと己を扇いだ。
生ぬるい風が軽く首もとを撫でる程度でちっとも楽にはならない。
すっかりやる気を無くした四谷は物理の教科書を放り投げた。
課題テスト勉強も兼ねて直前にやればよいと諦めたのだ。

四谷はぼうっとほうけた顔で遠城寺小夏について考えていた。

四谷は結局あの日から一度も小夏に会っていない。
あのあとすぐに夏休みが始まってしまい、彼は小夏達の家の側を通る理由がなくなってしまったのだ。
理由など無くとも、あのような取り決めをした以上夏も快く四谷を招き入れてくれそうなものだが、四谷にはそういった類の勇気は生憎全然持ち合わせていなかった。
その上小夏が四谷の高校に転入してくるのは夏休み明けである。
始めこそは意気揚々としていた四谷だが、小夏達に会わない日が重なるに連れ自信が全くなくなってきていた。

はたして自分などにあの愛くるしい娘を守る腕力があるのか?―…否、ない。

それならば、自分には夏に安心して任せて貰えそうな分厚い心意気があるのか?―…否、ない。

四谷はうんざりと頭を振った。
己の汚い部屋にも嫌気がする。
いつまでも新しいシングルを出さない贔屓の歌手にも嫌気がする。
夏休み等関係無く存在し続ける日々の家事にも嫌気がする。
四谷はしばらくうじうじとした後、荒れた机から携帯を掘り出した。
アドレス帳から暇をしていそうな友人を探す。
四谷はカチカチとカ行のところで指を止めた。

『郷本忠司』。

郷本は四谷の知り合いの中で最も整った顔立ちの男だった。
おまけに剣道部の主将を努め女子供に親切で頭もよく仲間を決して裏切らないという絵に描いた様な良い男だった。
そんな完璧人間郷本に四谷は何故か一番気に入られている。
別に剣道部に入っているわけでも彼を何者かから救ったわけでもない。
ただ2年になり、ぼんやりとしていたところを目をつけられたのである。
その理由を四谷は未だにわからない。

とにもかくにも奴なら構ってくれるだろう。それに今日は日曜日。おそらく部活もない。

四谷はプッと発信ボタンを押し郷本に電話をかけた。
しばらく呼び出し音がなり、良い声の郷本が出る。
四谷は軽く机の上を整えながら肩と頭で携帯をおさえた。

「やあ郷本」

『なんだ四谷。俺に会いたくなったか?』

「まぁそんなとこだよ。ひとつ相談にのってほしいことがあるんだ。」

四谷はもったいぶった口調で話す。
郷本は『ほう』と声を出した。

『お前が相談なんて珍しいな。よし、いくらでも聞いてやる。まさか恋の相談か?』

「そのまさかさ。」

郷本は一瞬黙りこくった。
そして

『なんだって?!』

と叫んだ。

『それは大変だ。収集をかけなきゃ。』

「かけなくていいよ。第一俺は郷本だから話すんだぞ。」

『いや、ちょっと驚いて冗談を言っただけだ。…それにしてもそんなに頼りにされてるとはしらなかった。嬉しいな。』

四谷はまあなとぼやきつつ心の中で詫びた。
四谷が郷本を頼ったのは、ただたんに四谷の周りで恋人がいそうな男が郷本だけだったからである。

『じゃあ今すぐ会おう、と言いたいとこだが生憎手が離せないんだ。5歳の姪っこが昼寝してて家を出られない。…おまけに今は家に俺以外誰もいない。兄貴たちが2時には帰ってくるはずだからそれまで電話で勘弁してくれるか?』

四谷はもちろんと言いながら郷本にそんな姪っこがいたなんてと驚いていた。
これはますます良い相談相手になりそうである。

「じゃあ早速なんだけど…好きなこがいたんだ。」

『ふんふん、それで?』

「俺は最近始めて彼女と会話をしたんだけど…。まぁ経緯を話すと長くなるけど簡潔に言えば俺が暴漢から彼女を救ったわけだ。」

四谷は話を若干脚色してみた。
まぁ嘘にはなっていない。
郷本はふんふんと熱心に相槌をうつ。

「そしたら見事イメージが違った。…ショックだった。何がショックかって勝手なイメージ植え付けて勝手に驚く俺にショックを受けた。…俺は、俺は最低だ!一目惚れは最低だ!」

言っているうちに自ら心臓にダメージを与え始めた四谷はいつのまにやら叫んでいた。
四谷がはらはらと涙を流し鼻をすする音を聞きながら郷本は静かに口を開いた。

『当たり前だそんなもん。』

「へ…?」

『人を好きになるのは理屈じゃない。俺は、相手の良いところを見付けるのが上手くなるってことだと思う。人より情けなくともそれは慎重派なだけで人より泣き虫でもそれは感受性が豊かなんだってな。』

「それはもしかして俺ですか…?」

『まぁようするに恋は盲目と言うじゃないか。誰しも盲目なわけだ。…四谷はイメージと違って彼女を嫌いになったのか?』

「全然。」

『なんのために相談したんだ…。』

暇だったから、と四谷は答えた。
話してるうちについ涙腺がゆるんだ、と。
実際四谷は感受性が豊かなのである。
郷本はあーあと溜め息をついた。

『こうなったらぜがひでもその思い人を見てやる。相談料と詐偽罪で。俺の心は深く傷付いた。』

四谷は焦った。
なにせ郷本は某有名アイドルと某人気俳優を足して2で割ったような顔立ちをしている。
そんな男を好きな女に会わせたい奴はそういない。
四谷は唸る様にして

「嫌だ。小夏ちゃんがお前に惚れお前が小夏ちゃんに惚れてしまう。」

と渋った。

郷本はそれを聞き、ふーん小夏ちゃんていうんだと言いながら

『大丈夫大丈夫俺には好きな人がいる。』

と、さらりと答えた。

ならば郷本も片想いか、と四谷はにやり笑う。

「…でも駄目だ。やっぱりまだ見せられない。俺と彼女の仲がもっと深まってから会わせてやろう!」

四谷はなにか含みをもたせて再び笑った。
それを耳ざとく感じとった郷本は、びしりと怠けた部員を叱るようにして応戦した。この話かたは彼の癖で、言われた人間は誰しも固まる。
もちろん四谷もびくっとした。
根は小心者なのだ。

『四谷、何か隠してるな?』

四谷はワタワタと焦った声を出す。

「いやまぁ夏休み明けたら誰しもわかるから。じゃあ達者でな!」

急いで電話を切った。
なんとも迷惑な電話の仕方である。
もちろん携帯はブーッブーッとバイブが鳴って郷本からの苦情メールを受け付けたが四谷はしらんかおをした。
小心者のくせに図太いという変わった神経を持ち合わせている。

「はぁー。まいったまいった。」

四谷は頭をかきあげ再び溜め息をついた。
そしてしばらくぼんやりと座って外を見ていた。
作品名:あぁ、麗しの君 作家名:川口暁