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あぁ、麗しの君

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モブ顔の奇跡


―9月。
夏の名残がまだあるこの季節、教室中が興奮と好奇心の香りで満ち溢れていた。

…黒板の前にたつ少女は、少し緊張しているようだ。

「わたしはーえんじょうじ小夏です。すきなものはお花です。おねがいします。」

クラス中が色めきたっていた。
季節外れの美少女の転校生。
遠城寺小夏はまさしくそれだった。

男子が色めきたつのはわかるけど女子は違うでしょ?と、思った方もいるかもしれない。
そんなあなたは残念ながら恐らく小説と漫画と映画の見すぎである。
残酷な話だがどうせ転校生が来るなら不細工よりは美しい方が皆断然嬉しいのである。

それはさておき、四谷はというと頬杖をついたままぼうっとした顔で小夏を見上げていた。
小夏の真新しい制服がひらりと風で軽くすくいあげられる。
四谷はいつの間にか涙を流していた。

「あんな…あんな美しい生き物がこの世にいるなんて…しかも僕の知り合いなんて…。」

四谷は小刻に震えながらハラハラと涙を流す。
隣に座っていた山田岸子は分厚い眼鏡フレームの下で怪訝な表情を浮かべ、四谷の席から少し離れた。
小夏はかちこちとした動きで自分の席へ向かう。
そして、四谷の方を見た。
小夏のくりくりとした瞳が瞬時にパッと開く。

「かぁくんっ!」

小夏は踵を返し、四谷の席に駆けて行った。

「かぁくんだーっ」

小夏は四谷に飛びかかる。
四谷は喜びとパニックで小夏を抱えたまま後ろに後頭部からひっくりかえった。
教室は一瞬静まりかえり、そしてすぐに騒然となった。

「いっいたい…本気で痛い…。」

「かーくん大丈夫?ごめんねぇ。」

「いいってことよ!」

四谷は胡散臭いキラリとした笑顔を小夏に向けた。
四谷的には決め顔のつもりだったのである。
ところが一方の小夏はその顔を見るやケラケラと笑いころげていた。

笑いころげる小夏をうっとりと見つめる四谷。

「よぉつやぁっ!!」


…その直後、四谷と同じく中肉中背キャラで通っていた四谷の悪友、大沢永吉が雄叫びをあげた。
彼は中肉中背に四谷とは違った種類の阿呆さをくっつけた様な男であった。
髪型は明るい茶髪を短めのソフトモヒカンのようにしている。
顔は四谷並のモブ顔であり、背は四谷より少し低い。

「なんでっお前っ…少年漫画か!!?」

永吉は美少女とモブ顔が仲良しになるには少年漫画の世界に行くしかないという考えの持ち主だった。
つまり、諦めていた。
そのためめの前でまきおこっているモブ友と美少女の組み合わせを到底現実として受け止められなかったのである。
四谷はニヤリと嫌らしい微笑みを浮かべながら今なお笑いころげる小夏を横目で見つめた。

「ああ可哀想な永吉よ。君に幸あらんことを。ケケケケ。」

「うっ嘘だぁっ夢だぁっ夢だぁっ…夢…うん、夢だ。なぁんだ夢か。ならしょうがない。」

無事自己暗示をかけ終えた永吉を見て四谷は呆然としていた。

「あいつ情緒不安定なんじゃないか?」

四谷は憐れみを込めた瞳で永吉を見つめ続けていた。
すると、それまで笑っていた小夏は急に静かになり、くいと軽く四谷の制服の端を引っ張った。
四谷は、ん?とふりかえる。

「どうしたの?」

「ねぇかーくん…」

「うん?」

小夏はちらっと四谷をみたあと、すぐに視線を足元に落とした。

「…小夏ね、かーくんのおとなりがいいなぁ…」

その小さな呟きは、クラス中に響き渡った。
それは、クラス中のモブ顔に勇気と希望と嫉妬を生み出した記念すべき瞬間となったのである。

岸子はギョッとした顔で小夏を見つめ、四谷は喜びのあまり意識を失いかけている。
…そして小夏はもじもじと髪の毛をいじくりまわしていた。

「いいよー」

「えっ?!」

静まりかえるクラスの空気を割るようにして、担任が面倒くさそうにゆらゆらと近寄ってきた。
彼は学校を単なる仕事場として捉えている人間だ。
当然といえば当然だし、生徒への人並みの愛情も一応は持ち合わせていたので「よい」教師には違いなかった。

…彼はごく普通に言ってのけた。

「四谷のことは話を聞いてるし、遠城寺さんとこはかなり寄付金いただいてるから。ってことで山田ぁー、悪いけどあっちの空いてる席移動してくれるかぁ?」

四谷は思わぬ事態に口をパクパクとさせながら尋ねられた岸子をふりかえった。
岸子は、ひどく冷たい声で応えた。

「嫌です、といっても変えますよね。」

「いや、まぁ、どうかな?」

岸子は頭を掻く担任にさらに冷たい視線を浴びせた。

「…まぁ別にいいんですけど。」

岸子はガタガタと机の中身や鞄をひっ掴むと後ろ端の席へ向かっていった。
小夏はその後ろ姿に向けて、照れくさそうに小さく呟いた。
それは、近くにいた四谷と担任、そして岸子にしか聞こえないくらいのとても小さな呟きだった。

「…おねえちゃん、ありがと…」


…岸子は背を向けたまま、怪訝な表情を浮かべ新しい席についた。

作品名:あぁ、麗しの君 作家名:川口暁