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無音世界

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Lost 04. 鎖音





 変だ、可笑しい、何を企んでやがると静雄は臨也と対面してからずっと思っていた。
 普通考えたらそうではないか。このノミ蟲ときたら常々碌な事を企んでいないのだ。つい、何か謀っていないかと条件反射的に勘ぐってしまうのは仕方が無いことだろう。と、決して自らも常日頃の行いがいいとはいえないことを棚に上げて、静雄は思う。
 しかし、まさかいつもべらべらと此方の勘に触ることばかりを吐き出す口五月蠅い人間が、二言三言話しただけで、脱兎の様に逃げ出すとは思いもしなかった。
 今日は忙しいから、と一言何か静雄にはいらない言葉を残して遁走するのがいつものことだったのに。
 自分以外の何かからも逃げ出そうとしているような、そんな背中は静雄の眼には奇妙に映った。それは例え気のせいだとしても、そう易々と逃がしはしないと言う妙な意地から静雄は臨也を追いかけ、捕まえてしまったけれども。
 臨也が可笑しいと言えばその後もそうだ。珍しく狼狽を隠し切れていない頼りない表情を見せていた。ビルの壁と静雄の躯で退路を断たれたからという訳ではない、怯え。
 おずおずと『聞こえない』と口にした臨也は一体どうしたというのか。そこに嘘の気配はなかった。其の上、一通り臨也の訴えを静雄が耳にしたところで、臨也は突如として身を崩した。
 ますますもって意味が分からない。
 静雄は今日、臨也の躯のどこにも危害を加えていない――確かに自販機を臨也の躯ぎりぎりを飛んでいくような場所に飛ばしたし、標識も振り回し、拳を向けようともしたがどれ一つ臨也には直接当たっていない。だから、まさかの事態であった。
 突然地面に向かって崩れて行った臨也を、静雄は咄嗟に腕で掬いあげた。へたりと胸に凭れかかってくる臨也の顔は髪で隠れていて表情が見えない。
「おい、臨也!」
 すぐに回した手も叩き落されて拒絶されるものだと思っていた。だからいつまで寄りかかっているのだと、咎めるように声を掛ける。ところが臨也が反応することはない。荒い呼吸が聞こえてくるだけだ。
 静雄は臨也の表情を隠してしまう邪魔な髪を乱雑に避ける。その時触れた臨也の肌の熱が高いことに静雄は気付いた。まさかと思い、指先で感じた熱ではなく掌全体で額に触れると案の定臨也は酷い熱を出していた。
 そうだ。易々と彼は自分の躯に人の指が這うことを良しとはしないだろう。寄せ付けないようにしないということ自体から恐らく可笑しい。それも仇敵としている自分の指を。
 気付くと、凭れかかる躯全体も熱く感じてくる。
 これだから様子が可笑しかったのか。それなら初めから外になんてでなければいいものを。
 臨也は硬く双眸を瞑り、薄く開いた口から熱い吐息を繰り返す。体調が悪いことは臨也の不安げな途切れ途切れの言葉を繋ぎ合わせれば自覚していたと思えるのに。
 静雄は忌々しそうに舌打ちを打った。
 確かにこのまま放っておくこともできた。しかし、何故だか捨て置くことができない。
 気付けば静雄は臨也を負ぶっていた。臨也を連れていく場所など一つしか思いつかなかった。あそこが一番手軽な搬入先であろう。先に連絡をいれるという考えは生まれてこなかった。ただ。

 ただ――?

 静雄はそれ以上深く考えなかった。

 昨日臨也と逃走劇を繰り広げた池袋の街を、今日は背に負ぶって走ることとなるとは誰が予想できただろう。






 何の連絡も無しに乗り込んだ新羅の家には、丁度いいことに家主とその恋人がいた。乱暴に玄関の扉を抉じ開けた静雄にいつもの様に新羅が惚気交じりの咎める声を掛けてくる。
 しかし、静雄が負ぶっている背中のものを見つけた途端、新羅は目を見開いた。
「全く青天の霹靂、寝耳に水だよ!君が臨也を背負ってくるなんて明日は槍でも降ってくるかもしれないね!」
「うるせえ」
 自分だとて第三者であればこの光景に目を瞠ることだろう。天敵を負ぶって助けようとする者がどこにいる。いや、ここにいるのか。
 静雄はこれ以上揶揄されても、耳元で熱い吐息を吐かれても堪らなかった。おそらくこれは臨也の状態に気付いていないのだろう。確かに臨也のコートも静雄のバーテン服もどこも汚れてはいなかった。
 静雄は臨也の状態が新羅に分かる様に背から下ろし、抱える。
 すると、瞬時に新羅の顔が医者のものへと変わった。頭からつま先までさっと視線を一瞥すると、苦しそうに胸を上下させている臨也の額に触れた。
「怪我はしてないみたいだね。偶然居合わせたってことかい?」
「まぁ、そんなもんだ」
 分かった、こっちにそのまま運んで、と新羅は着ている白衣を翻して部屋の奥へと入っていく。それに合わせて静雄は乱雑に履いていた靴を脱ぐと遠慮なく上がり込んだ。奥の方からひょこりと此方を窺うように覗いているセルティが視界に入ってきていたが、片手を上げて挨拶しようにもできず、静雄は視線だけを送った。

 真白いシーツが広げられたベッドの上に臨也を横たえると、静雄は新羅の邪魔にならぬよう部屋を出ようとする。此処にいてもできることはない。
 だが、ドアを完全に締め切る前に一つ思いだし、静雄は独り言のように、しかし新羅に尋ねているようにも感じられるように零した。
「そいつ、耳悪かったか?」
 臨也に伸ばそうとしていた新羅の指先が一瞬、止まった。何だ、と静雄は扉を閉じる為に手は触れたまま首を傾ぐ。だが、すぐに新羅は動きを再開していた。
「臨也は気を失う前に何か言った?」
「ああ」
 そういえばそうだと、静雄は指を折り数えながら記憶している範囲内で臨也の途切れがちの言葉を組み立ててみせた。朝から体調が悪いこと。頭痛がすること。薬が利かないこと。――音が、聞こえないこと。
 他に何かあっただろうかと宙を見上げながら探していると、新羅が口を開いた。しかしその視線は寝かされている臨也から外されることは無い。
「……静雄」
「なんだ?」
「診察終わるまでセルティと待っていてくれるかい?」
「ああ?」
「待っていてくれるかい」
 新羅は二度同じ言葉を口にした。しかし、二度目のそれは提案ではない。命令だ。ざわりと静雄の胸を得体のしれない物が蠢く。向けられた背中からは冗談とは感じられない。
 静雄は思わずごくりと喉を嚥下すると、分かったと返した。セルティと待てと言うことは、暗にやはりこのままこの部屋から出て行けということだろう。新羅が取りだした聴診器を見て、ますます静雄は思う。
 自分にできることはここに連れてくることぐらいのものだ。邪魔などせず、さっさと新羅から離れ、待ち、彼が言いたいことを聞いて帰ろう。
 静雄はそのままそっと部屋から出て扉を閉じた。ぱたりと閉じた音が自分の中に虚しく落ちてきたのは気のせいだ。静雄は居心地の悪さを拭う代わりに、掛けていたサングラスに触れる。
 暫く部屋の前で立ちつくしていると、先ほど見た時は奥にいたセルティが既に言葉を入力済みのPDAを持って近付いてきた。
『どうしたんだ?』
 セルティは今しがた静雄が出てきた扉の向こうを心配そうにそっと顔を向けて尋ねてくる。
作品名:無音世界 作家名:佐和棗