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彗クロ 1

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首を突っ込むのがレグルの仕事





 チーグル族がゆかりも知れないレプリカの少年を森に迎え入れたのは、実に三年前のことになる。一族の長はこれを受けて、いくつかの厳しい掟を定め、より一層の種の団結を求めた。その努力なくして子の幸福はありえないと知っていたのだ。
 月日は流れ、レグルという名を与えられた子は、実にやんちゃに健やかに育っていった。しかし畢竟、それとともにボロも出てくるものだ。行動範囲は日増しに広がり、人付き合いも浅からぬものとなり、立ち居振る舞いも派手になっていく。
「三年、よくもったと考えるべきか……」
 子の巣立ちを予感する長老はしおしおと眉を落した。
 レグルは成長した。生まれたばかりのレプリカの三年は、オリジナルにとっての六年に匹敵する。中でもレグルはかなり早熟だったから、見る間に中身が外見に追いつきつつあった。まだまだ色んな面で拙く危なっかしいものの、同じ年頃の町のオリジナルに比べれば、格段にしっかりした子供だ。独り立ちには少々早いが、早すぎるということもない。なにより、あの奔放な雛をこの穏やかな森に人知れず匿い続けるには、すでに限界が迫っているのを長老は感じていた。
 来るべき『その時』が来た。そう割り切るべきなのだろう。
「……この三年、よくぞ耐えたな、ミュウ」
 物陰に潜む者へ向けた言葉は慰めにもならぬだろうか。
 少年との一切の接触を禁じられた水色のチーグルは、長老と彼のみが許された巣穴の奥深くで、ただ一匹、小さく身を震わせた。

***

「――だからそこをなんとか!」
 だんっ! カウンターに威勢よく手を突いて、レグルは平身低頭拝み倒した。ありがたくもない説教を頂戴した翌日の午前、不快な経験は速攻で記憶から蹴り出した挙句、朝一番に森を抜け出し直行した武器屋における一コマである。
 対岸に鎮座する店主は、恵まれた体躯を揺らしてため息をつくと、出し抜けに、ひたすらカウンターと仲良くしているレグルの頭をむんずと掴み、無言で店の外に放り出した。


「――あっりえねえええええええっ!!」
 ピクニック日和ののどかな村道で、レグルは吼えた。傍らでメティが耳を塞ぎ、柵の向こうで家畜のブウサギたちがあたふたと暴れまわった。
 エンゲーブはセントビナーの北西にある農村である。人口は基幹都市であるセントビナーの半分にも満たないが、広大な農地のために規模は桁違いだ。もともとマルクト全国民を賄えるだけの農産物を収穫していた土壌だが、世界規模の爆発的な人口増加に対応するため農地拡大を図り、ますますの隆盛を誇った。もっとも、昨今は交通機関の衰退に合わせて全国各地で独自に農業が発達し、地産地消の気運が高まりつつあることから、過剰に広げすぎた耕地を縮小する傾向にあり、一時のにわか景気もすっかり落ち着きを取り戻している。
 そんなわけで、魔物から農地を自衛する以外に武具を持つ必要のないこの村には、うっかりと畳む時機を逸したとしか思えない村はずれのおんぼろ武器屋――というかよろず屋が、個人用の武具一式を取り扱う唯一の一軒なのだった。
 そして当方レグルがその唯一の頼みの綱から食らった行為を、突きつめて門前払いと言う。
「信じらんねーあのタヌキ親父! 木刀ごときでボロ儲けしやがって、あんくらいおれでも作れるっつーのっ。しかもなんだよあのカトラス、一番安くて五千ガルドって、市場価格ってやつをナメてねえ!?」
「……仕方ないよ、エンゲーブじゃ武器なんてほとんど流通してないんだから」
 憤懣やるかたなしと握り締めた拳を震わせるレグルの後にとぼとぼと続いて、メティは小さくフォローを入れた。街の同世代に友達らしい友達のいないメティは、休講日とあらば金魚の糞をやるためにレグルの出没範囲に足を運ぶという微妙にずれた行動力を発揮するのであった。
「セントビナーならもっと安くて質のいい店があるのに……街に入れないっていうなら、ぼくが代わりに買ってこようか?」
「却下。自分の得物は自分で選ぶ! だいたいお前、値切り交渉とかはっきり言って駄目じゃん」
「そりゃ、無理だけど……ていうかちゃんとした武器屋で値切りもなにも……」
「馬っ鹿、値切んなきゃ意味ないだろっ、いちばん安いのって言われてんだから」
「……どうせ言いつけ破るつもりなら、街に入るぐらい、なんてことない気もするんだけど」
「破ってねーって、真剣を木刀の値段で買えばジジイも文句言わねえしっつか言わせねーし。……それに、じっちゃんに言われてるからってのもあるけど、どっちかってと、おれがあの街行きたくねーの」
「……なんで? レグルって時々、変なとここだわるよね」
「理由はねえよ、なんとなく。――つか今日、人多くね?」
 曲がりくねった村道をだらだらと流し歩いているうちに、二人はいつの間にか村の中心部に到達していた。大通りには特産物の直売を売りにする露店が軒を連ね、中規模程度のバザーとして賑わっている。それだけなら毎日のことなのだが、今日は少々様子が違った。
 バザーのはずれには、村の中では比較的立派な一軒屋が建っている。騒がしいのはその門前だ。いつもはひっそりとしている家の入り口に、人だかりができていた。
「……あそこって確か村長さんの家だよね……って、なんでぼくの後ろに隠れるの、レグル」
「ぅ、うっさいっ、いつも隠してやってんだからこんくらいいいだろっ?」
「悪くはないけど……」
「いいからもう帰ろうぜ、一刻も早くこっから離れようそうしようっ!」
「……あ、でも待ってレグル。あそこ、昨日の人。レグルが助けたおばさんじゃない?」
「は?」
 メティの指差す先に視線を転じ、レグルは激しく後悔した。心臓が裏返るかという動揺を手のひらで押さえ込み、反射的にメティの腕を掴んで盾に仕立て上げる。
 門前の人垣が割れ、中から数名が退出してくるところだった。メティが指摘した通り、先日の夫妻の姿もある。
 問題はその二人よりも、彼らの前後を挟んで歩く男たちだ。先頭は金髪の男で、ラフないでたちだが、腰には使い込まれた長剣が差されており、さぞ腕のたつ剣士だろうと知れた。一方、しんがりの男ときたらわかりやすく軍服姿だ。糊の利いた緑青色の上下。肩より下に伸ばした長髪に、縦にひょろ長い優男風の雰囲気は、とても軍人とは思えないが、肩や胸に飾り付けられたいくつもの徽章が遠目にも賑やかで、それなりに権威ある身分だろうことは想像に難くなかった。どちらの男も牧歌的な景色にはいささか剣呑すぎる軍事色。穏やかでない。
「マルクト軍が、なんの用だろう……?」
「……おれが知るか」
「――ああ、昨日の今日でさっそくお出ましか」
 唐突に背後で上がった声に、レグルは一瞬呼吸困難に陥った。振り返れば、なんのことはない、顔なじみの宿屋の主人が店から出てくるところだった。
 低い視点から二対の瞳に見上げられて初めて、主人はレグルたちの存在に気づいたようだ。
「お、なんだ、お前らも来てたのか。今日もお勤めかい、レグル」
「……日が悪いから今日はナシ」
「こ、こんにちは……」
「おう、メティも相変わらずだな。悪いことは言わんから、二人とも、今日は大人しくしておけよ?」
「おっちゃん、あいつら何か知ってる?」
作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯