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彗クロ 1

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レグルの巣





 レグルの巣はセントビナーの遙か北、東ルグニカ街道のどん詰まりのさらに先、チーグルの森と呼ばれる大森林の奥地にある。
 肥沃な土地は実り豊かに木々を育み、万象なる命の床(とこ)となる。森の中枢に根を下ろすソイルの大樹は立派な枝を天高く昂ぶらせ、どっしりと老練な幹は巨大なうろを成してなお、生き物たちのよりどころとして鎮座していた。この大樹のうろこそが、レグルにとっての文字通りの巣なのである。
 落ち葉をふかふかに敷き詰めた天然の絨毯の上で、レグルは正座を強いられていた。
 真正面に陣取るは、彼の最も苦手とする一の保護者。昼下がりの森はまだまだ森林浴日和の明るさで、大樹のうろの内部も十分な日光に満たされているはずなのだが、そこだけがどんよりとやけに暗く見えた。
 周辺の物陰から遠巻きに見守る好奇の視線がちくちくする。ちくしょう他人事だと思いやがってテメェら後で覚えていやがれ、とレグルの内で渦巻いた散々な悪態をよもや聞きつけたでもあるまいに、うおっほん、やたら威厳のある咳払いにどやされて、レグルはビシリと姿勢を改めた。
 なんだかんだで身体は全快、懐も暖かく、貧乏くじを突き詰めた結果として存外の成果が手元に残っていたことに道半ばで思い当たり、残りの家路を意気揚々と踏破した瞬間に大目玉を食ったレグルであった。なんのことはない、先のひと悶着でバンダナにべったりついた血の痕跡を見咎められたのである。
「……まったく。お前の粗忽ぶりにはほとほと困ったものだ。あれほど頭髪を人目に晒すなと戒めておいたというに」
 大きな耳を力なく揺らして、チーグルの長老はショボショボと愚痴った。
 今さら言及するまでもないが、チーグルとは、人畜無害で頭が大きく兎より太く長く横に張り出した耳を持ち肩乗りサイズの二頭身のちんちくりんでヒエラルキーのかなり下層の方にいる珍獣もとい聖獣である。……何かの間違いではない。これが、「これ」こそが、まごうかたなくレグルの育ての親であり現在形の保護者なのであった。
(メティ帰しといてよかった……)
 条件反射的に萎縮しつつも、レグルは心底胸を撫で下ろした。やたらに偉ぶるつもりもないが、なけなしの威厳を折られるのはいただけない。自分の頭の大きさほどもない珍獣に頭が上がらないというのは、いくらなんでも情けなさすぎる。
「……でもさ、しょーがなかったんだって。おれが助けに入ってなきゃけっこヤベーことになってたし、実際ほら、怪我もないし報奨金も出たし!」
「しかし相手の力量を見誤り剣を挑んで剣技を晒した挙句髪を見られたのには違いあるまい」
 苦し紛れの反論はぴしゃりと叩き伏せられる。事実、油断した結果として通りがかりの胡散臭い薬売りに命を拾われたのだから、身の程知らずを指摘されてはぐうの音も出ない。
 長老はもっさり白い眉(だと、位置と形状からレグルは判断している)を撫でつつため息をついた。
「……己がいかに他のレプリカと異質な存在か、お前自身が一番肌身に感じておろう。ひとたび研究者どもなぞの気を惹こうものなら、奴ら、お前の腹を裂いてでもお前の存在を解明しようと躍起になってかかってくるぞ」
 先ほどよりはいくばくか慈悲深く諭され、レグルは眉を歪めて下を向いた。
 レプリカとは読んで名の如し、複製品を意味する。フォミクリーと呼ばれる技術を用いることで、理論上、この世のいかなる物体も――ひいては生物までも――うり二つに転写し複製することができるのだという。技術上の欠陥や倫理的な問題、悪用の歴史などから、今現在では一部専門機関を除いて使用を禁止されてはいるが、理論構築から三十年足らずながらフォミクリーとレプリカの存在が人の歴史に残した爪痕は深く、今も多くの複製品がさりげなく人々の生活の中に取り残されているとされる。
 この内、禁忌とされる生物レプリカの中でも最も罪深い人間のレプリカは、例外なく史上最悪の大悪党の遺産であった。一人の男の野心の礎として製造されたレプリカは、その総数、なんと五万を数えるという。悪党一人の死をもって世界の命運を巻き込んだ騒乱は幕を下ろしたが、複製品とはいえひとたびこの世に生み落とされてしまったレプリカたちの命を、なかったことにできるはずもない。そうして遺された人間のレプリカは、悪党の死後より三年を経た現在、およそ三万人が諸国の管理下で、いびつなりにオリジナルの社会に組み込まれて暮らしているといわれる。
 この近辺ならば、南のフーブラス川沿岸にレプリカのための自治区がある。レグルもたびたび遊びに訪れては、何食わぬ顔で配給をくすねたり同年代の子供たちの話し相手になったりしていたが、一時間も滞在すればあっけなく飽きてしまうのが難点だった。理由は至って単純、話が合わないのである。
 一人の男の野心のために明確な目的をもって生み出されたレプリカたちは、特殊な刷り込み教育と統制された思考でもって、多くは機械的な精神構造を形成している。ふたことみこと言葉を交わせばその異常性は明らかだ。個体差はあれど、基本は合理的かつ理性的、感情の起伏に極めて乏しい上に情緒は著しく未発達。また仲間意識が非常に強く、レプリカ同士で相争うことを最も嫌う。
 早い段階でオリジナルと遜色ない自意識を確立してしまったレグルは、レプリカの中では異端の類だ。同胞の堅い結束には今さら入れず、さりとてオリジナルに混ざって生きていけるほどには、時代もレグルも成熟していない。第一、長老の言うとおり、今の強情で自己主張の強い性格が形成された経緯について詮索されることだけは、命に代えても避けなければならない事情があるのだ。
「……わかってんよ、それくらい。けどさ、おれ、レプリカってこと隠すつもりないし。そういうの、逃げてるみたいでヤだし」
「お前の意固地には呆れるばかりだが、何も頭から否定しようというわけではないわ。レプリカがレプリカであると名乗ることは間違いではないからな。だからこそ、わずかでも被験者に繋がる要素は伏せておくに越したことはないと言っておる。お前、自分が生み出された理由を知らぬのだろう?」
 レグルは黙然と首を縦に振った。
 記憶の始まりは三年前。赤ん坊同然のまっさらなレグルの脳には、一切の思考統制も刷り込み教育も仕込まれてはいなかった。
「刷り込みを施す前に廃棄されたか、あるいはヴァンデスデルカの計画の要として生み出された特殊な個体か……後者であれば、お前の命には相応の付加価値と危険がつきまとうのが道理だ。主義主張を唱えて意地を張るのもいいが、慎重さを失ってはならぬ。――『もう一人』のためにもな」
 痛いところを突かれ、レグルはぐ、と息をつめた。悔しいがすべて正論だ。感情任せに道理をねじ伏せるには、相応の実力が伴わなければ意味がないことを、レグルは知っている。
 すっかりおとなしくなったレグルを、長老は片眉を持ち上げつぶらな瞳でじいっと見つめた。……ごめんなさいいごきをつけます。とうとう観念した反省の弁がレグルの口から絞り出されると、再び眉を下ろして満足げにうんうんと大きく頷いた。
「よろしい。ところで話は変わるがレグル、金は貯まったのか?」
「お、おう!」
作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯