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彗クロ 1

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泥沼始末





 城塞都市セントビナーは東ルグニカ平野の基幹都市。内陸における貿易産業の重要拠点でありまた通過点でもあるこの町を守護すべく、国内屈指の堅牢さを誇る大門は、平時は開け放たれている。
 見上げれば首が反り返るほどの堂々たる鉄扉の横に、暫定的に寄せつけられた荷車の後尾に腰掛けたレグルは、所在無げに足を揺らしていた。
 丸めた背中越しにちらりと町の方を見やると、青ざめた顔の『被害者』夫婦が陰気な足取りで衛兵に連れられていくのが目の端に入った。それでなにもかもやるせなくなって、腹の底からため息をつくと、背部に鈍い痛みが走った。
 元第七譜術士だとかいう衛兵の見立てによれば、骨や内臓には異常はないだろうということだったが、ところどころの打撲や裂傷は簡単な手当てでごまかしきれるほど軽くもなかった。なにより、こうも明らかな暴力の痕跡をそのまま『巣』に持ち帰ろうものなら、確実にこっぴどい説教を拝領することになるだろう事実に思い当たり、レグルはさらに気落ちした。軽い小遣い稼ぎのつもりが、とんだ貧乏くじだ。
「レグル、大丈夫……?」
 聞き慣れた声に目を上げると、いつのまにやら間近に同年の顔馴染みが立っていた。目深にかぶったニット帽の下の、長く伸ばした前髪のさらに下で、こわごわ上目遣いに見上げてくる少年に、レグルはどうということもなく肩をすくめた。
「んだ、メティか。ガッコーはもういいのかよ?」
「今日は午前中で終わり……。レグル、またケンカ?」
 メティはレグルが唯一懇意にしている町の子供だった。地味で気弱で内向的で、人ごみにあっさりと埋もれてしまうような少年だ。境遇も性格も天と地ほども違うのに、なぜかしら縁が切れない。レグルはこれを腐れ縁と解釈している。
「ケンカじゃねーよ、用心棒。ゼンリョーな庶民の食い扶持をくすねようっつーカス共をのしてやったの」
「……でも、ケガしてるよね」
「名誉の負傷!」
「勝ったんだ?」
「……まあ、おれだって下手踏む日くらいあるっての」
「長老さまに怒られない?」
「……言うな、ヘコむ」
 レグルはがっくりと首を落した。レプリカに親など存在しないが、声高に天涯孤独と宣言できない程度には、それなりにしがらみのある身の上であった。
「あっいたいた、君!」
 あからさまに落ち込んだレグルに慌てたメティが、痛いの?だの早く手当てしようだのと見当違いな気を回してくるのを遮って、第三者の声が飛び込んだ。反射的に町の方を見やった瞬間、レグルは物騒に顔を歪めた。見覚えのある、それも極力顔を合わせたくない人物だったのだ。
「ああよかった、いなくなってたらどうしようかと思ったよ」
「……っだよ、なんの用だよ」
「ご挨拶だなあ、助けてやったのに」
 レグルを窮地より救ったかの青年は、恩着せがましく嘯きながらも、てらいなく笑ってみせた。野盗の親玉を召し捕り、気を失ったレグルごと、事件関係者一同を、よりにもよってセントビナーまで運んだ張本人だ。
 髪や瞳は色素が薄く、反して太陽の恩恵を疑うべくもない健やかな肌艶は、北ルグニカ人には珍しくない取り合わせだ。いかにも旅慣れた風にかさばる装束を着こなし、背には商売人らしい木製の背負子を背負っていた。薬売りといった風体だ。
 気負いのない笑顔には若くして度量の深さが滲み出ている。顔の造形もかなり良い部類に入るだろう。一目見た印象は好青年と言って差し支えない。しいて挙げるなら、左目に引っかけた色ガラスの片眼鏡(モノクル)が微妙に見慣れず胡散臭く感じるくらいか。……レグルにとっては苦手な人種だ。
「君らを襲った連中さ、頭目があれでそこそこ年季の入った悪党だったらしくて、懸賞金が出たんだよ。で、こっちが君の取り分」
 無邪気なほど無造作に差し出された皮袋を、レグルは流れに負けて受け取ってしまった。子供の手にも若干小ぶりに見える大きさだが、見た目にそぐわぬ重みに、レグルは怪訝に眉を曲げた。
「……こんなに?」
「うん? 三人のうち二人は君が倒したわけだから六割、僕は一人で三割、残りはささやかながら被害者の人たちの補償金として返還してきた。不満?」
「や、もらえるもんは遠慮なくもらうけどよ。あんたが倒した首にかかってた賞金だろ? バックレて独り占めしちまえばよかったんじゃね?」
「いやいや、あそこで君が派手な技使ってくれなけりゃ、なんにも気づかず寝過ごしてただろうからさあ。あのご夫婦を助けたのは間違いなく君の功績だよ」
「寝てたのかよ……」
「おかげで大切な商談に遅刻せずに済みそうだよ。まあ寝起き一発ぶちかましちゃったもんだから、威力がセーブできなかったんだけどねえ。まいっかー」
 あはははー、と青年はいささかズレた笑い声を能天気に上げる。……これが本当に人間の腕一本、容赦なく撃ち落とした人間だろうか。青年を見上げる視線は自然、胡乱なものになる。
「……つーかさっきの譜業、なんなんだよあれ」
「何って、見ての通りの銃だよ? 見たことない?」
 言って青年はあっけらかんと腰のホルスターから得物を抜いて見せた。出し抜けに無骨な物体を差し向けられて、ただでさえ人見知りしてこそこそとレグルの背後に回りこんでいたメティが、ひぃっ、とあからさまに身を縮めた。
 無造作に差し出されたのは、一見直角に曲がった積み木のようだった。白い銃身は通常の倍か三倍は太く、グリップ部分の方が若干細く見えるくらいだ。繋ぎ目には凝った意匠の細工が施されており、細緻に彫り込まれた文字が現代(フォニック)語でないことは学のないレグルの目にも明らかだった。銃身のバランスを補うためだろうか、飾り羽のような派手な突起が三日月型に張り出している。とてつもない殺傷力を秘めているとは到底思えない、玩具のようなアンティークだ。
 銃、と呼ばれるものを、知識としては知っていたが、実際に見たのは初めてだった。レグルも、あれだけ怖がっていたメティさえ、二人並んで興味津々、しげしげとっくりと観察してしまった。
「こんなんで、人間、殺せちゃうんだな……」
「そうだね。だから、扱うには許可がいるんだけどね」
 ほとんど無意識に出した右手はあっさりと空を切った。子供たちの好奇心から銃口を蒼天に逃がした青年は涼やかに笑う。それから少し、真面目な顔をした。
「とは言え、僕もさっきはやりすぎた。あの男の救命に頭数が割かれて、君の治療にまで手が回らなかったみたいだからね」
 レグルは途端に眉根を寄せ、ぷいとそっぽを向いた。犯罪者だろうがオリジナル優先、レプリカなどはすべて二の次――そうは言っても、今回は切実に人命がかかっていたのだから、道義や倫理を持ち出すまでもなく、現状の措置は最良でなくとも最善だ。理不尽だと騒ぎ立てるほどの状況でもないので、鎌をかけられたからと言って無闇やたらに怒りを発散することもできない。それは主義に反するのである。
「べっつに、こんなん大したことねーし。少し前まで第七音素に頼りっきりで胡坐かいてたような外科医なんざあてにしてねーし」
「うわ、医学界の禁句を。頭いいなあ、君」
「馬鹿にしてんの」
「してないしてない。――ならさ、第七譜術なら信用できるかな?」
「は? なに言って」
作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯