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彗クロ 1

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もう一人





「年齢は十二・三、赤毛、碧眼、極めつけがアルバート流剣術……報告の通りだったな」
「三割増し派手ではありますが。他人の空似、ということはないと思いたいところです。ガイ・セシルとしての見解は?」
「……顔は、間違いないと思う」
「不十分ですねぇ。それではファブレ一門の血縁である証明にしかならない」
「そういう言い方はあちらさんを敵に回すぞ?」
「『無粋な噂』が他国に流れてくるような当主殿の信用問題です。自業自得ですね」
「次期公爵の生え際は後退の一途だな……」
「その次期公爵閣下ですが、案の定、『親権』片手に公正中立な検査の実施を主張してきました」
「コーラル城か。ったく、あいつは……」
「うちの陛下がああですからね、早々にマルクト側に取り込まれるのを恐れているのでしょう」
「自信がないって大声で叫んでるようなもんだな。それだけ必死ってことか」
「誰も彼もが臆病風に吹かれているのですよ。それでなくともファブレ家には色々と前科がありすぎる。『彼』には自覚がありすぎる」
「『行き過ぎルーク』、か。はは、笑い事にもできないなあ」

 ……眠りの中で、声を聞いた。
 心臓の内側を、素手でやわらかく握られた気がした。

***

 レグルが眠りに沈み込む時、レグルの脳髄に隠されたそれは、時折、鏡を象ることがある。
 目鼻立ちから手足の長さ、くせの強い赤金の一房一房、睫毛の一本一本に至るまで忠実にレグルの姿を写しとった鏡像は、しかし決してレグルを見ることはない。
 だからレグルは、夢鏡の向こうの瞳の色だけは見たことがない。きっと同じ碧色をしているに違いないと期待する半面、もしもまったく別の色合いをしていたらと思うと、なぜだかひどく胸の奥がざわついた。
 鏡の中のレグルは、いつだって暗いものを背負って佇んでいる。天地定まらない足元の深淵を覗き込むようなその表情は、強い意志を宿すからこそ生まれる苦悩で、痛いくらいだった。
 それこそが、レグル一番初めに触れた心の波――『悲しみ』と呼ばれる感情だった。
 頑なに閉ざされた目尻から色のない雫が頬を伝い落ちるのを見るたび、レグルは地団太踏んで悔しがった。感情は同調しない。分かち合わずに役割を分担するのが、レグルと鏡の絆の形だった。
 たったひとり、こんな世界の隅っこで、人知れず途方もない悲しみと向き合いながら目覚めることのない友人のため、今ここにあることごとくの不条理に拳を叩き込む――それがレグルが自ら科した役目なのだ。
「馬鹿なことして、ごめん」
 殊勝に頭を下げるという行為をレグルが素直にできるのは、長老チーグルの御前の他には、こうして夢の中で鏡に向き合っている時だけだ。
「見つかっちゃいけないやつらに捕まっちまった。お前を護るために手段を選ぶなって言われたばかりなのにさ。懐かしさを感じる場所からは全力で逃げるべきだって、わかってたのに。そんで結局、誰のことも助けられてやしないし。最近、なにやってもうまくいかないよなあ」
 鏡は決して応えない。ふかい悲しみを抱え込んだまま沈黙を維持するその姿が、近頃はより強い虚脱に支配されつつあるようで、レグルの不安をかきたてずにはいられない。
 日一日と膨れ上がっていく焦りを、レグルは強く自覚する。
「でも大丈夫。お前のことは絶対、最期まで護り抜いてみせる。……正直、人を斬るのは、まだこわいんだけどさ。じっちゃんの言うみたいにできるかどうかわかんない。それでもきっと、これはお前も通ってきた道なんだよな。だったらおれも越えていかなきゃ。だから」
 レグルは鏡像に手を伸ばした。現実を隔て反射する鏡など、本当はそこには存在しなかった。
 ただそこにあるのは、レグルそっくりな姿をした『もう一人』の少年だった。
 幼い首に手を回し、儚い影などではなく、いまはっきりと実体を感じるその身体を抱きしめる。腕の中の存在感が日々薄れていくのを、繋ぎとめるために。
「だから、絶対、ひとりで消えたりするなよ、ルーク……」

***

 見上げた天井に、幸い、懐かしさは生まれなかった。
「ようやくお目覚めですか」
 次にかけられた声には、そうもいかなかった。
 慎重に、しかし機敏に視線を流した先で、暗がりに浮かび上がる一対の紅玉を見出す。広々とした寝室の隅で、まるで主の目覚めを見守る従者のように、ひっそりと軍服の男が佇んでいる。
 罪人を転がしておくには不相応な寝台から身を起こし、レグルは軍服の薄ら笑いをやぶにらみにねめつけた。延髄のあたりがじんじん痛い。
 懐古の警鐘が鳴り止まない。
 この男は、『敵』だ。



作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯