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彗クロ 1

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墓穴掘りもレグルの仕事





 一芝居観賞を終えた後のように散り散りになっていく人波を、メティは逆行した。波間にちらりと、村道に寄せ付けられた馬車へと連行されていく夫妻の、誰からも関心を寄せられない後ろ姿がどことなく物悲しく見えたけれど、実際メティにしてみても構ってはいられなかった。
 今すぐにこの場を離れなければならない。強迫観念に近い直感に従って、メティは迷いなくレグルの袖を掴んだ。
「レグル」
 もう行こう。そう口に上りかけた呼びかけは、レグルの正面に佇む長身の存在感にもみ消された。眼鏡の軍服は夫妻の罪状を詳らかにしたその場から一歩も動かず、レグルとの距離を一切侵さず佇んでいる。それがなぜか、メティには、高々と行く手に立ちはだかる堅牢な壁のように思えて仕方なかった。
「……どういうことだよ」
 レグルはメティに構わず、拗ねたような顔つきを軍服に向けて言った。ここにきて、さしものレグルも事情を察さずにはいられなかったのだろう。理解はできるけれど納得はしたくない、といった顔だ。
 軍服はこわいくらい整った顔立ちに胡散臭い微笑を貼り付けて言う。
「彼らの証言によれば、襲ってきた盗賊は四人。捕縛された三名に加えて、レプリカの子供が加担していたそうです。ゆえに自分たちの行いは正当な自衛行為であった、ということですよ。なんとも嘆かわしいことです」
「なんでそんな……あのときはあれでどーしょーもなかったんだから、ありのまま言えばよかったのに」
「それが立場ある大人の厄介なところでして。彼らに当て振られた農地は南第一特区と言って、一月後には比較的情緒発達の進んだレプリカたちを移住させ、オリジナルとレプリカの共同生活のモデルケースとして試験運用されることが、国によって決められています。このため、土地代や地税から設備通しに至るまで、あらゆる面において破格の優遇を受けられるという仕組みです。当然ながら、移住者の人格や経歴の一切は厳しく審査されていますが――今回の件で十中八九、彼らは資格を剥奪されるでしょうねえ」
「なんでだよっ! あれはどーしょーもなかったんだっつってんだろ!」
「ええ、盗賊に襲われた段までは十分に情状酌量の余地があります。実際に罰を下すにしても、せいぜい注意1といったところでしょうね。事実をねじ曲げ、偽証さえしていなければ」
「っで、でもそれはだから農地をてめえらに取り上げられるのが怖くてしょうがなく――」
「仕方なく、あなたを犯罪者に仕立て上げようとした?」
 レグルは砂を噛むように空気を呑んだ。何度となく反論の糸口を探しあぐねて、結局口を引き結んでしまう。
 これは引きずるだろうな、とメティは思う。不条理の在り処が強者や権力者にあるならともかく、守るべき弱者こそが不条理を弄ぶのでは、レグルの正義は振り下ろす先を見失う。現実に対する最大級の敗北だ。レグルにとっての一番の屈辱だ。
「言うまでもなく、偽証は犯罪です。まして私欲や保身のために他者を冤罪に陥れることなど絶対にあってはならない。そのような人間に、国が土地を預けることはありません。弱者の正義も結構ですが、弱い『だけ』の人間を擁護するのはほどほどにしておきなさい。誤って貴方一人が罪をかぶるようなことになれば、レプリカという存在の信用にも関わってきます。貴方のすべての同胞に迷惑をかけることになりますよ」
 容赦なく的確に諭す言葉の隙間に、なんとなく嫌味や皮肉とは違う何かを聞き取った気がして、メティはおやと目を上げた。いつの間にか微笑を消した軍服の顔に、なにがしか表情を読み取ることはできなかった。
 そのとき突然、背後から力強く頭を掴まれ、メティはひ、と肩を跳ね上げた。そろりと振り返ってみると、見覚えのある人影が逆光を遮っていた。
「なにやってんだお前ら」
 宿屋の主人は右手でレグルの、左手でメティの頭をすっぽり鷲掴みにして、呆れかえった声を上げた。あ、とか、う、とか、メティが返答に窮しているのを放っておいて、軍服に向けて実に愛想のよい笑顔なんかを作ってみせる。
「久しぶりだな大佐さん。おっと、昇進なすったんだったか」
「形式ばかりの肩書きですのでおかまいなく。失礼ですが、こちらのレプリカの少年はあなたが保護を?」
「まさか! こいつらは近頃村に出入りしてるガキどもでさぁ。どこからやってくるんだか知らんが、まあたまに昼飯ぐらい奢ってやってますがね。宿で出した朝飯の残飯を」
「あ! てめ、そーいうことを!?」
 我に返ってレグルが暴れた。村一番の宿を切り盛りする主人の屈強な体は微塵も動かない。
 軍服がおやおやぁとわざとらしい声を上げた。嫌な予感に、メティは背筋を逆毛立てる。
「迷子のレプリカ君ですか、それは困りましたねえ。権兵衛君、お名前は?」
「迷子でもゴンベエでもねえ!」
 レグルは不毛な抵抗を早々にやめ、ぎゅるっ、と勢いよく眼鏡をふり返った。そして頭を押さえつけられたまま、両手に腰を当てて無意味に胸を反らした。
「レグルだ! レグル・フレッツェン! レグルは自前、苗字はこのおっちゃんのを拝借してるっ」
「って、おま、俺の屋号勝手に名乗ってたんか!」
「痛ででででっ、だって『やくたいない人間から名前を借りてこい』ってじっちゃんがっ!」
「お前の保護者はなんつー教育してやがる。一度ここに連れてこい!」
「ムリ! つーか『やくたいない』って言葉の使い方、おれ間違ってないよなメティ!?」
「た、た、た、たぶん……」
 腹に据えかねたフレッツェンの主人が、暴れるレグルのこめかみを両手で拳骨挟みにし始めたので、結果的に解放されることになったメティは気圧されてぶんぶん頭を縦に振った。益体ない、という言葉の意味は、本当はまだ習っていない。
「――なるほど」
 軍服がちゃきりと眼鏡のつるを押し上げた。相変わらず、絶妙に嫌なタイミングだった。
「他人の姓を無断で借用する行為は偽称罪に抵触する可能性がありますが、まあ子供のすることですので今回は大目に見ましょうか。問題は、レプリカである貴方が、所属確認記号であるところの姓を、どこかから適当に調達しなければならなかった背景と経緯にありますね」
 眼鏡がきらりと反射した。メティは息を呑んだ。
 だから、すぐにでも逃げなければならなかったのだ……!
「『自治区にも保護区にも所属していないはぐれレプリカ』――だ、そうですが?」
 瞬間、レグルの体が沈んだ。主人の束縛をするりと抜けたと同時に横っ飛びに跳躍。俊敏なけもののように、地面に突き立ったままの木刀を引き抜くと、緑の双眼が獰猛に軍服を睨みつけた。拳骨の制裁でほどけかかっていた白いバンダナが、はらりと落ちる。
 メティはいっぱいに見開いた瞳に、炎を灼き付けた。
 レグルの髪は、鮮やかなほむらを帯びた金色だ。
 木刀の切っ先は派手な口上とともに軍服を向くはずだった。レグルならきっとそうするはずだった。けれど、姿勢を正す間もなく、レグルの体は前のめりに傾いた。
 メティが上げかけた悲鳴は、軍人の手のひらに虚しく押し殺された。



作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯