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彗クロ 1

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レプリカの欺瞞、オリジナルの悪意





「そこまでだ悪党!」
 最上級に安っぽい登場セリフをぶち上げて人垣を割って現れた子供の姿に、ガイは不覚にも曰く言葉にしがたい万感極まるのを覚えて口元を覆った。この、喜びたくても素直に喜べない衝動は、いかに処理すべきものか。
「ガイ。感想を」
「……『よりにもよってタオラー!?』」
「以心伝心とはこのことですねえ」
 表情筋の一筋とて変えず眼鏡を押し上げるジェイドの、憎らしいまでの平静な茶々が、今はありがたい。ただし、反射率の高い眼鏡の下の凍りついた真紅が孕むいくばくかを読み取れないほど、浅い付き合いでもない。
 子供は――かろうじて少年と呼べる程度には心身の出来上がっているらしいその子供は、どこかで見たような白い布で、どこかで見たようにすっぽり頭を覆っていた。雑な仕事で縛り上げられた布地の隙間からわずかに零れる毛髪が、鮮やかな朱赤の色をして見えるのは、おそらくガイの願望のせいばかりではないはずだ。
「――って、ごちゃごちゃくっちゃべってんじゃねえよオッサンたち! そのおっちゃんとおばちゃんをどうするつもりだ!?」
 苛立ちも露わにこめかみをひきつらせて、少年は年季の入った木刀を決然と突きつけてきた。……右手で。
「オッサンですかー。やれやれ、何年ぶりですかね、そんな呼ばれ方をしたのは」
 胡散臭い微笑を貼り付けたかぶりを振りつつ、ジェイドが一歩を踏み出し、交渉役の立場を明確に視覚化させてみせた。しかしその背が今なおはっきりと傍らの夫妻の一挙一動に神経を研ぎ澄ませているのを察し、ガイはあえて数歩退いて、全体を見渡せてかつ部外者にもならない距離に身を置いた。湧き上がる感傷はさておいて、演ずるべき役割は自覚している。……あの少年を目前にしておきながら、十分に冷静すぎる自分が、少し可笑しくもあった。
 こうして外側から眺めれば、手に取るようにわかる。少年を目前にした夫妻の動揺が。
「それにしても悪党呼ばわりは心外ですねえ。物知らずなお子様でもよもやまさか察しのつかぬはずはないとは思いますがええあえて名乗らせて頂けるなら我々はマルクト軍の者です。先日のルグニカ街道における強盗傷害事件に関しての、言うなれば追跡調査ですね。軍機とプライバシー保護の関係上、詳細は明かせませんが、まあ、目撃者と当事者の証言に食い違いがあったために、そのあたりの齟齬をすり合わせるための地道な作業といったところです。この方々には先ほど任意同行願いまして、これから再度セントビナーの軍基地で詳しい事情を伺う予定です。――と、このような説明でよろしいでしょうかね、名無しのゴンベエ君?」
 婉曲に皮肉を織り交ぜまどろっこしく心理的疲労を誘う話し方をさせれば、この眼鏡は天下一品である。案の定、名無し少年の紅顔はたちまち明確な敵愾心を立ち昇らせ、吐き捨てるように鼻を鳴らした。
「はっ、そんならテメェら、今ここでお役御免だな」
「おや。と言いますと?」
「現場にいたレプリカってのはおれのことだ」
 ジェイドの背後で夫妻があからさまに顔色を変えたのを、ガイは確かに見届けた。――その反応こそが、重要なのだ。
「それはそれは。このような場所でお会いできるとは僥倖でした。駐留部隊の不手際とはいえ、事情聴取する前に行方をくらまされたと聞いた時にはさすがに頭痛を禁じえませんでしたよ」
「んなの、いちいち付き合ってられっかよ。どーせいざとなったら『レプリカの証言はオリジナルに比べて信憑性に劣る』とかなんとかナンクセつけて、資料の奥にツッこんでなかったことにされるのがオチだろ」
「まさか。合理的思考体系で統一されたレプリカたちが嘘をつく確率はパーセンテージでかなり正確に表せますし、緊急時における観察力の客観性と証言の真偽については、ともすれば保身に走りがちなオリジナルよりも高い信頼性が確認できるという研究結果も出ています。あなたの証言はすべてのオリジナルの証言と同等に扱われることを、私が保証しましょう」
「よーし言ったな」
 少年は木刀の切っ先を下ろして、足元に突き立てた。腰に両手を置き、尊大に胸を反らして深呼吸。挑戦的にきらめく緑の瞳は、記憶にあるものよりずっと無邪気にしたたかなものを孕んで見えた。
「耳かっぽじってよーく聞きやがれ。襲ってきた盗賊は全部で三人だ。全員、一度はおれがしとめたつもりだったけど、しぶといのが一人、こっちの隙をついて復活しやがって形勢逆転された。そん時そこのおっちゃんが人質にとられたから、おばちゃんは仕方なく盗賊の命令どおりに――」
「なにを勝手にお言いだい!!」
 重要証言を遮るヒステリックな叫びを、ガイとジェイドは各々冷静に受け止めた。状況を呑めていない少年は、背後の野次馬たちと似たような顔で面食らっていた。
 論議の場に暴力的な横槍を持ち込んだのは、件の夫妻の、妻のほうだった。興奮からか目は血走り、息も荒い。力のこもった両肩は震えて見えた。
 内面から歪むその表情は、控えめに評しても、醜い。
「軍人さん、どうして言わせておくんですか。こんな子供の――それもレプリカなんかの言うことなんか鵜呑みにしないでくださいよっ。お宅ら国の人間は、私たちとレプリカと、どちらを信じるんですか!?」
「……どうやら話を聞いていらっしゃらなかったようですね」
 眼鏡を押さえる仕種に、ガイはジェイドの静かな苛立ちを読み取った。
「レプリカの証言はオリジナルの証言と等価値ですよ。彼らは私益とはかけ離れた視点からオリジナルの日常を見つめる優れた隣人です。この三年の実績から、むしろレプリカの発言の方が裁判官の心証が良い場合も少なくない」
「そんな!」
 国家権力にすげなく突き放された夫人はこの世の終わりとでもいうように青ざめたが、相方である夫がなだめようと回した手をはねのけると、今度は矛先を少年一人に絞った。いまだ困惑もあらわな幼い鼻先へ、人差し指の形をしたあからさまな悪意が突きつけられる。
「信用できたもんかい! この子はもともとレプリカとは思えないくらい口汚いんだ。普段からオリジナルを馬鹿にして、人の悪口を平然と吹聴して回るやつだ。聞けば自治区にも保護区にも所属していないはぐれレプリカだっていうじゃないか、ろくな教育も受けていやしない、こんなもんの言い分を真に受けるなんてどうかしてるよっ!」
「他者の生まれと欠点を上げ連ねることで自己の正当性を主張することとレプリカとして否応なく生まれつくこと、どちらが高尚かという議論がお好みでしたら他でどうぞ」
 穴だらけの論理に対してジェイドが指摘したのはただその一点のみで、それがかえってジェイドの怒りの度合いを知らしめた。周囲を取り囲む村人たちの顔つきも、さすがに苦いものを含み始めている。完全にわかっていないのは当事者の少年ばかりだ。ぽかんと口を開けた間抜け面は、否応なくどこかの誰かの面影を思い起こさせる。
 反射率の高い眼鏡が夫人を捉えて、その奥に隠されていた紅玉を透かす。それまで威勢のよかった夫人が、訳もわからず縮み上がった。
 詰みだな。ガイは心中に呟いた。
作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯