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岸谷新羅の怒り


 臨也は、時々学校を休む。明らかなサボりとは別に、数日固まって休むことがあり、新羅はそのうち何回かの理由を知っている。本当に意地っ張りで、どうしようもない。

 新羅は信条に反して、とある一軒家の前に佇んでいた。手には愛用のドクターバッグ。時間は朝九時、もちろん平日である。
 新羅は、大袈裟に溜め息を吐きながらインターホンを押した。家にいる人間には似つかわしくない、可愛らしい音が響く。一つ二つ小言でも言ってやろうと、新羅は頭の中で罵詈雑言を並べ立て、住人を待った。しばらくして、ゆっくりと開いた扉から住人が顔を覗かせた。
 瞬間、新羅は爆笑した。

「ごめんごめん。そんなことになってるとは思わなくて。だって君、詳しいことは何も言わなかったじゃないか」
 新羅が眦の涙を拭う。臨也は抗議する気力も無いのか、不機嫌そうな顔でむっつり黙り込んでいた。ただし、その顔は左半分が盛大に腫れ上がっており、氷嚢が当てられている。
 今朝方、学校に行く準備をしていた新羅に、臨也がメールを送ったのが始まりだった。「いますぐうちまできて」という簡素なメールに、おおよそ事態に見当をつけた新羅は、早々に制服を脱ぎ捨てた。昨日、つまり、体育祭当日だったわけだが、臨也は静雄との喧嘩の果てに、町まで飛び出した。文化祭に来ると言っていた静雄が来なかったので、おおよその原因は推測できるが、手痛いしっぺ返しを食らったようだ。
 以前は臨也の逃走術に翻弄され、煮え湯を飲まされ続けていた静雄だったが、ここ最近は進化を見せ始めていた。痛い目を見るようになった臨也の治療に当たるのは、もはや珍しくも無い。ただし、手や足を引っ掛けられるぐらいで、こうも綺麗に顔面に入っているのは初めて見た。もちろん、静雄に手足を引っ掛けられるだけでも、十分ただでは済まないのだが。
「派手にやられたね。頭と胴が繋がってるだけ幸運だ。」
 二人して臨也の自室のベッドに、向かい合って座り込む。臨也はぐったり壁に寄りかかったまま、一言も喋らない。新羅はドクターバッグから、必要そうなものをベッドの上に並べた。頭に渦巻いていた暴言は、すっかり思考から追いやった。弱り果てた臨也は哀れっぽく、十分溜飲が下がった。
 そんな薄情なことを考えながら、新羅は臨也から氷嚢を取り上げた。髪をかき上げ、腫れて変色している左側を見分する。
「あいつ、死ねばいいのに」
 ようやく口を開いたと思ったら、重々しい呪いの言葉だった。臨也はぶつぶつ何か呟き続けたが、骨折の有無を調べるために触診に切り替えると、ぱったり口を閉ざした。
「そこは学校をサボって駆けつけた、僕への労いの言葉じゃないの?」
 新羅はガーゼに薬を塗りつけながら、冗談交じりに言った。新羅は、別に真面目であることには拘りがあるわけでは無い。ただ、信愛する女性が真面目に学校に通ったほうがいいと言うので、それを遵守しているだけだ。だから真面目に登校するし、宿題だってやる。
 臨也に髪をかき上げさせて、独特の匂いのするそれを慎重に頬に当てる。触れた瞬間、臨也の体が震えた。
「死ぬほど痛い」
 文句を言う目が充血して潤んでいた。念のため、ペンライトを差し向けて瞳孔を見る。
「まぁ、大丈夫だとは思う。何度も言うけど、きちんと医者にかかることをお勧めするよ。」
 こうして臨也の怪我を診るたび、新羅は口を酸っぱくして繰り返す。しかし、一度として臨也が言うことを聞いた試しは無かった。中学時代から軽い怪我は診てやっていたが、その頃の些細な傷とは違う。実際、保健室の備品程度で済んでいた治療が、いつのまにか父親経由の医薬品が必要なまでになっていた。
「あのね、今回は骨にヒビ入ってるかもしれないんだよ? レントゲン撮らないと駄目。首だって鞭打ちになってるかもしれないよ」
 新羅は少し真面目な顔で説教するが、臨也はだんまりだ。包帯を巻いてやりながらさらに言い募ろうとすると、臨也がやっと口を開いた。
「病院なんか行けない」
 耳を澄ませてやっと聞こえるような声で、臨也は呟いた。
「行けない? まさかお金が無いなんて言わないよね? もしかして病院怖いの? だったら付いていってあげるけど? 面白いから」
 少々台詞を脱線させながらも、新羅は譲らない姿勢だ。
「そのまさかなんだけど」
 臨也は視線をさ迷わせながら呟く。
「え、怖いの!?」
「違う」
 新羅は包帯を留める位置を決めながら、意味が分からずに質問を続ける。
「まさか、こんな広い家に住んでて貧乏なの? レントゲン撮った事ある? 頭部だったら五千円くらいだと思うよ?」
 きちんと包帯が巻けていることを確認して、新羅は臨也の前に座りなおした。顔半分を包帯に覆われた臨也は、別人のように覇気が無い。
「五千円って、保険証いるだろ?」
 臨也は自嘲気味に微笑もうとしたが、痛みのせいですぐに顔を顰めた。新羅はひたすら疑問をぶつける。
「君の家って、保険証無いの? まさか。妹だってまだ小さいのに? ていうかお父さん会社員だったよね?」
「違うよ。……保険証ってさ、通院記録の一覧みたいなの渡されるだろ、会社から。金は少しあるけど、どうせ保険証無しで通院出来るほどじゃない」
 極力表情を動かさないで喋る臨也に、新羅は信じられないものを見たように目を丸くした。唇を震わせるが、声は出ない。呆れて物も言えなかった。新羅は一瞬であらゆる感情を巡らせ、逡巡した挙句、怒鳴った。
「馬鹿じゃないの!?」
 臨也がびくりと身を竦ませた。無表情だった右目が見開かれる。
「顔変わるかもしれない怪我しといて、親に知られたくないって、子供じゃないんだからね! 治す気も無い怪我なんか診ないよ、俺は!」
 いくらでも罵倒する言葉が出そうだが、一端言葉を止めて息を吐く。慣れない語気で話すのは案外難しいことだと、新羅は認識した。キレるたび怒鳴り散らす静雄を、今だけは少し尊敬する。
 新羅の知る限り、静雄は今回の文化祭の準備で、三回しかキレなかった。臨也と廊下で鉢合わせしたのが二回、ハブられている子にちょっかいをかけていた不良集団に、机を投げつけたのが一回だ。その机が窓ガラスを割って、校庭の一番向こうまで飛んでいったのはまずかったが、静雄は極力キレない努力をした。教室の隅でイヤホンを付け、一人黙々と輪っかつづりを作っていた。
 新羅は静雄と臨也に対して、どちらかを贔屓するつもりは無い。静雄が文化祭を楽しみにしていたのかは定かではないが、二人の喧嘩に口を出すつもりも毛頭ない。しかし自分から手を出して大火傷した挙句、下らない我侭を言う臨也は、流石に腹立たしかった。
「だって」
 臨也は口ごもりながら、新羅の剣幕に戸惑っているような態度をとった。どうせ八割方演技だ。心の中では嬉々として観察しているに違いないと、新羅は不機嫌顔のまま臨也を睨み付けた。新羅が揺るがないのを確認して、臨也は諦めたように言葉を続けた。
「だって、うちの親、普通なんだよ」
 臨也が零した言葉に、新羅は拍子抜けした。
「俺の親とは思えないぐらい、普通なんだ。だから、俺がこんななのも知らない」
「君、自分がおかしい事は理解してたんだね」
作品名:恋文 作家名:窓子