白狼のクォンタム
第一章
「理事長の犬め!!」
向かい合う連中から、そんな、怒号とも悲鳴ともつかない声が聞こえる。
聞き慣れた言葉だから、今更どうとも思わない。大切なのは、そんな言葉よりも、彼らを逃がさないことだ。
「こいつは、動きも早いぞ!一旦距離を取れ、囲むぞ!」
いや、最終的にはこの部屋から追い出すのだが、ただ逃がすよりも、徹底的に負けを認めさせないと、後が面倒だ。
だからクォは―――理事長の犬、と呼ばれた少年は―――容赦なく相手を追撃にかかる。
「お、おぅ!」
距離を取れと言われた男は、クォにとってはありがたいことなのだが、背を向けて距離を取る。
「バカ!前向け!動きが早いって言ったろ!」
それを見逃すクォではなかった。低い態勢のまま駆け寄って、連中の一人を後ろから容赦なく蹴り飛ばす。
蹴られた男は抵抗もできないまま、壁に激突して、そのまま床に突っ伏して動かなくなった。おそらく気絶したのだろう。
「ああっ、アーロンがやられたぞ!」
「この野郎、なんてことしやがる!後ろから蹴るなんてひでえ!それでも人間のすることか!」
周りにいた連中が一気に殺気立つ。どちらかと言うと、状況だけを見れば、ひどいのは連中の方であるのだが。
「いくらクォが強くても、相手は一人だ、やっちまえ!」
相手は一人。その言葉がまるで魔法の言葉のように、連中を勇気付ける。もっとも、その勇気が勝利に結びつくと考えているのは、連中だけだろう。
その言葉を口にした相手が、これまで何度クォにやられたのかを知らないのだろうか。
(知らないとは思えないけれど……知らないなら知らないで好都合だ)
クォも、そしてクォの後ろに控えている、いや、悠然と立つ女性も、クォの勝利を疑ってはいない。
「この犬野郎を倒せば、金が手に入る……それだけじゃねえ、アーロンの弔い合戦だ!」
確かにクォを倒せば金は手に入る。だが、アーロンは別に死んだわけではないのだが、盛り上がった連中はそこまで気にしていないらしい。
クォを取り囲む男たち。人数は、壁際で気絶しているアーロンを除いて五人。細かな部分に違いはあるが、全員同じ服を着ていた。
「俺達演劇部の団結力を、今こそ見せてくれるぐぁー!」
一番右にいた男の懐に近づくと、鳩尾に拳を叩き込む。演劇部だから、少なくとも顔を傷つけたらまずいだろうか、と考える余裕さえあった。



